ある日の昼下がり
僕はその日、昼飯を食いそびれていた。
時刻は2時過ぎ。
このまま新宿まで電車に乗って、新宿で遅い昼飯となるだろう。
僕は無性にカツ丼が食いたくなっていた。
それはもう、「カツ以外なら食いたくない!」という強烈な衝動であった。
しかし、新宿へ着く頃にはちゃんとしたカツ丼を食べさせてくれる店は、もうランチタイム終了だ。
あとカツ丼が食べられる店は・・・・ま、あそこしかないわな。
そこは僕がよくいく、丼モノの店だ。
牛丼、カツ丼、チキンカツ丼、カレー、鉄板ステーキなどを食べさせてくれるカウンターのお店で、
ま、よくある牛丼チェーン店のような感じの店だ。
時刻は3時になろうとしていたが、店内には遅い昼食をとろうとしている男たちがけっこういる。
僕はカツ丼550円也の食券を買って、カウンターに座り、カツ丼の到着を待った。
すると、ちょうど僕の真向かいに座っている男のところにカレーが到着。
男はカレーをぐちゃぐちゃにかき混ぜて、カレーを喰い始める。
「あ~あ~、嫌だ嫌だ・・・・」
僕はカレーを最初にかきまぜて喰うやつが嫌いなのだ。
実は僕の弟がそうだった。
弟は、カレーでも納豆でも、最初にぐちゃぐちゃと書きまぜてしまうのだ。
これはホカホカ御飯に対する冒涜でもあるし、美的にもよろしくない。
真っ白なホカホカ、つやつや御飯は、できるかぎり生かしておいたほうがいい。
だから、一口分、スプーンに載る分だけかき混ぜて食べるのが美しい。
これが正解である。
僕が溜息混じりにカレー男を見ていると、次に僕の隣りの男のところにもカレーが運ばれてきた。
僕はその時点でもうぐったり・・・。
「貴様らどんだけ舌バカやねん!」
だって、歩いて1分のところに「カレーショップC&C」があるのである。
歩いて5分のところに「ゴーゴーカレー」もあるのである。
なにが哀しくて丼屋のカレーを食べるのだろうか?
僕はこんなおバカさんの隣りに座った不幸を嘆きつつ、隣をチラ見していると、その男はカウンターに置いてあった紅しょうがを大量にカレーに乗せ始めたのである。
「き、貴様!何をやっておるのだ!?カレーに紅しょうがって!!」
確かにこの店のカレーは、申し訳程度しか福神漬けが乗っていない。
だからといって紅しょうがを乗せるか?
どんだけ貧しいねん!
どんだけ常識ないねん!
さらに追い討ちをかけるように、僕の斜め向かい、カレー男の隣りの男が牛丼をかき混ぜ始めたのである!!
「あ、あほかぁ!!牛丼をかき混ぜる奴なんて始めてみたわぁ!!このドアホ!!この非常識!親に牛丼の食べ方習ってこいやぁ!!」
僕はなんと下衆な客が集まる店に寄ってしまったのだろうと後悔したが、
やっとこさ運ばれてきたカツ丼に少し心を落ち着かせ、さっさと食べて帰ろうと心に決めた。
僕はカウンター備え付けの紅しょうがを乗せ、七味をふりかけ、まずはカツを一口・・・・・・と思った瞬間
僕の向かいに座っていた男が「え!?」という表情でこちらを見たのだ・・・
「なんじゃコルァ!文句あんのか!紅しょうがはしょうがないやんけ!お新香がないんだから。七味は・・・アクセントじゃ!七味ないと出汁が甘い分、ぱっとしないやんけ!」
向かいの男が目を逸らしたので、僕は気を取り直してカツを口に入れた。すると・・・・
「う・・・・・だめだこりゃ・・・・」
全くもって、なっちゃいない。
カツに歯ごたえが全くないのだ。
豚肉の質なのか、煮すぎたのが原因なのかわからないが、
噛んだ瞬間まるでコロッケのように崩れ落ちるカツ・・・
脂身の旨さも、衣の香ばしさも、肉のボリュームも感じられない・・・・
3時まで昼飯が食べられなくて、カツ丼が喰いたくて喰いたくて
やっとたどり着いたカツ丼がこの”ふにゃふにゃ”カツとは・・・・
この店はどれだけ飯を冒涜すれば気がすむのだろう
僕は仕方なく、カウンター備え付けの”焼肉のタレ”をカツ丼に数滴たらし、残りの飯を胃袋に押し込んだ
世の中、僕以外はみんな非常識だ・・・・・・・・・