俺よ、男前たれ

おもしろきこともなき世をおもしろく

老人と海

海「おじいちゃん!死んじゃいや!ねえ!目を開けて!起きてよ!」

 

老人「・・・・・・・・」

 

海「ねえ、おじいったら!あたしを一人にしないで!死んじゃいや!死ぬならもっと遺産を残して!」

 

老人「あ~~起きた起きた・・・」

 

海「あら、おじい、起きたの。いいところだったのに」

 

老人「海さん、お願いだから朝、起こすときに『死んじゃいや』とか言うのやめてくれんかの?」

 

海「だっておじいの寝顔、本当に死んでるみたいなんだもん」

 

老人「それにしても・・・・ほら、なにかとデリケートな年だからさ」

 

海「90にもなってデリケートも何もないでしょう?」

 

老人「本当に目を覚まさなくなる日も近いし・・・」

 

海「だから練習してるんじゃないの。さ、御飯よ。」

 

老人「うん・・・」

 

(台所にて)

 

老人「あれ?息子の満は?」

 

海「お義父さん?去年、老人ホームに入ったじゃない。」

 

老人「そうじゃったそうじゃった。情けないの~68で老人ホームとは。あ、じゃ、孫の隆は?」

 

海「隆さん?もう会社に行ったわよ」

 

老人「そうか。ひ孫の葵は?」

 

海「もう学校に行ったわよ」

 

老人「そうか。母さんは?」

 

海「もう天国に逝ったわよ。それも12年前に」

 

老人「え!10年前だと思ってたのに!」

 

海「どっちでもいいわよ」

 

老人「月日が経つのは早いね~~、いい思い出。で、嫁の敏江さんは・・・・」

 

海「おじい、ずいぶん昔のこと覚えてるのね~~。昨日のことは忘れちゃうのに。隆さんのご両親は隆さんが中学校の時に離婚したでんしょ?」

 

老人「あ~~~そんなこともあったな~~、いい思い出! ところで、海さんは誰だっけ?」

 

海「・・・・・・孫嫁よ。」

 

老人「な、なぜ孫嫁がうちに?」

 

海「それはこっちが聞きたいわよ。隆さん、お母さんがいないから嫁と姑の問題はないって言うからこの家に来たのに・・・まさかおじいの相手をさせられるとは思ってもみなかったわ」

 

老人「わしも孫の隆がこんなにべっぴんな嫁を連れてくるとは思わなかった。まるで水之江滝子さんみたいじゃ。」

 

海「・・・・・・だれ?」

 

老人「知らん?じゃ、八千草薫さんみたいじゃ・・・」

 

海「・・・・・・それも知らん」

 

老人「じゃ、真屋順子さんは?原日出子さんは?それも知らんの?じゃ、キャサリン・ゼタ・ジョーンズでいいよ」

 

海「あら、どうも。はい。トーストとコーヒー」

 

老人「はあ、今日もトーストとコーヒーか・・・」

 

海「文句あるの?」

 

老人「たまにはフォアグラとかトリュフとか食べてみたいな・・・」

 

海「(怒)!おじい、フォアグラ食べたことあるの?」

 

老人「いや、ないけど、死ぬ前に一度だけ食べてみたい・・・」

 

海「そう。じゃ、急がなきゃね。隆さんに言っておくわ。今晩にする?」

 

老人「あ、そんなに急がなくてもいいや。明日の朝もこのトーストが食べたいな~~」

 

海「わかればいいのよ。じゃ、今日は食パンを買いに行ってね」

 

老人「え?わしが?」

 

海「そうよ。自分で食べるものは自分で買いに行く。これ常識よ。尋常小学校で習わなかった?」

 

老人「そんな昔のこと覚えてないよ・・・」

 

海「2丁目のパン屋さん。知ってるでしょ?一人で行けるでしょ?ちゃんとパン屋さんにあったら”こんにちわ”って言うのよ」

 

老人「『はじめてのおつかい』じゃないんだから・・・それぐらいできるよ」

 

海「これもおじいの運動のためなんだから。あたしだって心を鬼にして頼んでるのよ」

 

老人「・・・・・・・鬼嫁がっ・・」

 

海「何か言った?行くのが嫌なら、あたしと裏山に行く?」

 

老人「ま、まさか、わしを捨てる気じゃ?わしを捨てると罰が当たるぞ。」

 

海「ひひひひ。何が起こるってのよ」

 

老人「わしをおぶった途端、背中で脱糞してやるからな!」

 

海「・・・・・・早くパン屋に行ってらっしゃい」

 

老人「は~い!あれ?お金は?」

 

海「それくらい自分で払ってよ。おじい、年金もらってるでしょ?」

 

老人「最近、年金減らされちゃって・・・・」

 

海「いくらよ?」

 

老人「・・・・30万・・・」

 

海「ホテル食パン買ってきなさいよ。いちばんいいヤツね。」

 

老人「人でなし!老人をこんなに粗末に扱っていいのか!」

 

海「あしたはお米買ってきてもらおうかしら?」

 

老人「あ、行ってきま~す!お使いは楽しいな!」

 

海「そう。それでいいのよ。ハンカチ持った?」

 

老人「うん!」

 

海「ティッシュ持った?」

 

老人「うん!」

 

海「お財布持った?」

 

老人「もちろん」

 

海「そう。じゃ、あとはズボンを履くだけね。おじい、なんでいつも下半身裸なのよ」

 

老人「これはノーパン健康法といって、その昔、流行ったんじゃ」

 

海「あっそう。それで健康になれたの?はい、パンツ」

 

老人「もう、ばっちり!67歳まで朝立ちしてたからね」

 

海「ほ~、そりゃすごい。今は御飯の入っていないお稲荷さんみたいなのに・・・はい、ズボン」

 

老人「いや~~、コイツの元気な頃の姿を見せたやりたかった・・・。もう凄かったんだから。母さんなんて”原爆”ってあだ名、つけてたんだから」

 

海「もうそれくらいにしなさい。セクハラはだめだって教育勅語に書いてあったでしょ」

 

老人「あ~そんなことも書いてあった気がするな~~。」

 

海「はい。じゃこれ。GPS付ケータイ。これでどこを徘徊しても居場所がわかるわ。」

 

老人「徘徊って・・・お買い物なのに」

 

海「ちゃんと電話が鳴ったら出るのよ。あと勝手にダイヤルQ2とかかけちゃダメよ」

 

老人「・・・・わかってるよ。」

 

海「はい、いってらっしゃい!」

 

老人「くそ~~。鬼嫁め~~。遺産全部やるつもりだったのに~~。こうなったら遺産の分け前、半分に減らしてやるからな。」

 

海「何か言った?」

 

老人「いえ、隊長!なんでもありません!」

 

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