(あらすじ:36歳にして初めて彼女ができた起夫は、女性との付き合い方をまるで知らない彼氏童貞。よって経験豊富?な韓国人彼女ジュンを教官と仰ぎ、立派な彼氏になるためのイロハを教わっている。)
仕事が終わり、新宿をプラプラしていると、起夫の携帯が鳴った。ジュンからだった。
起夫「もしもし~、愛しのダーリンで~す」
ジュン「自分で言うなっつーの。今、どこにいるの?」
起夫「今、新宿っす。」
ジュン「新宿か・・・じゃ、20分で来れるわね」
起夫「え?なんすか?急に。」
ジュン「はい、今すぐ吉祥寺集合!」
起夫「え?まじ?」
ジュン「彼氏は彼女の呼び出しにすぐに応じる!これ常識!」
起夫「あ、そうなんですか?初めて聞きました」
ジュン「あんたは37年近く彼女なしだったから知らなかっただけよ。世間の彼氏はみんなそうしてるから」
起夫「あ、じゃ、すぐ行きます」
ジュン「そうそう。日本人は周りと同じようにしなきゃね」
起夫「なんかバカにされたような気が・・・」
ジュン「はい、あと18分しかないよ!急いで!」
起夫「え!ちょっと待って!いますぐ行きます!」
(急いで中央線に乗り、吉祥寺に向かう起夫)
起夫「えっと、マルイの前にいるって言ってたけど・・・どこかな?」
ジュン「お~い!起っちゃん!こっちこっち!」
起夫「あ、教官!ただいま到着しました!」
ジュン「あ~、よく来たよく来た!はい、これ、私のお母さん」
起夫「え?」
目が点になる達夫。ジュンの横にはサングラスをかけた妙齢のおばさまが・・・。
起夫「は、はの・・・教官、これ、つまり、どういうことでしょう?」
ジュン「あたしもうすぐ帰国するでしょう?だからお母さんがあたしが日本にいるうちに日本に遊びに来たいって」
起夫「初耳ですけど!」
ジュン「初めて言ったからね」
起夫「なんでまた突然の面会?」
ジュン「しょうがないじゃない。そうなったんだから」
起夫「はあ・・・」
ジュン「ま、実はあんたがくれた指輪、お母さんに見つかっちゃって、『だれからもらったんだ』ってしつこく訊くから、あんたにもらったって言っちゃったんだ」
起夫「あ、あの・・・その・・・僕は、なんと紹介されたんでしょうか・・・・」
ジュン「うん。結婚相手だって」
起夫「は、早くないっすか?僕らまだ付き合って1ヶ月半ですけど!」
ジュン「なに?嫌なの?」
起夫「いや、そういうわけじゃなくてですね、あの、ものには順序ってものが・・・」
ジュン「結婚前に親に会うって、順序どおりじゃない?」
起夫「いや、あの、そうじゃなくて、あの、心の準備をしてですね、その・・・・というか、お母さん、外国人嫌いなんじゃなかったでしたっけ!?」
ジュン「うん。前は『外国人は言葉が通じないからダメだ。結婚するなら韓国人にしろ』って言ってたんだけど、あたし韓国で32歳だからさ、親もあせってたみたい。『お前みたいなのをもらってくれる人がいるのか?そりゃいいや』って」 *ちなみに韓国では数え年。生まれた年が1歳、年が変わればすぐに2歳になるらしい。
起夫「そ、そうですか。あ、あの・・・は、はじめまして・・・」
オモニ「・・・・・・・」
一瞬にやりと笑い、会釈をした後、すぐに目を逸らすジュンの母
起夫「ははは・・・。えっと、あの・・・・・本日はお日柄もよく・・・・あの・・・・とても素敵なお召し物で・・・・って言ってもわからないか。(小さい声で)教官!何話せばいいんですか?」
ジュン「ま、なんでもいいんじゃない?」
起夫「なんでもいいって・・・・あ、あの・・・・カムサハムニダ?」
ジュン「・・・ちなみに、カムサハムニダの“カムサ”は“感謝”という意味。日本語にルーツがあるのを嫌う人もいるため、ありがとうは“コマッスムニダ”を使うことも多いのであった」
起夫「え?なんで今さらそんなこと言うんですか!お母さん、めっちゃ怒ってるみたいじゃないですか!」
ジュン「だってあんたが勝手に言ったんじゃない。大丈夫、お母さんも緊張しているだけ。」
起夫「は、はい。あの・・・ど、どうぞよろしく・・・・って、全然、僕のほう見てくれないんですけど・・・」
ジュン「言葉が通じないのでもどかしいだけ。あんたを嫌ってるわけじゃないわ。たぶんだけど。お母さん、彼に聞きたいことはない?」
オモニ「*&%#“‘=`@:」
起夫「な、なんて?」
ジュン「・・・・・・別にないって・・・」
*参考イメージ:浅香光代
起夫「・・・・なんか・・・・めっちゃ嫌われてないっすか?」
ジュン「そんなことないと思うけど。ねえ、母さん、何かあるでしょ?」
オモニ「・・・・・・・・・+*_%$&#?」
起夫「な、なんて?」
ジュン「・・・結婚後の計画は?って。あと、娘に苦労させないかって・・・」
起夫「結婚後の計画って・・・家買って、子ども作ってってこと?あの、僕、年収300万ちょいの非正規雇用社員ですけど・・・」
ジュン「・・・・それは通訳しないでおくわ。」
起夫「経済的には完全に苦労かけますけど・・・」
ジュン「・・・・お母さんに伝えようか?」
起夫「え?いや、あの、結構です!(小さい声で)あの・・・・ハッタリでもいいですか?」
ジュン「(小さい声で)言っとけ言っとけ」
起夫「はい。あの、僕はちゃんと就職して、お嬢さんには苦労をかけさせません!ええ、もう、本当に!」
ジュン「‘*$#&%@・・・」
オモニ「(ニヤリと笑う)」
ジュン「“わかった”だって。」
起夫「お、押忍・・・・・でもなんか嫌悪感・・・・」
オモニ「*+@%$&・・・」
起夫「え、何すか?」
ジュン「あと韓国語を覚えてくれって。じゃ、これ、宿題ね。結婚までの。プロポーズも韓国語でしてね」
起夫「アナタガ、スキデス!アナタガ、ダイスキダカラ~!」
ジュン「チャン・ドンゴンか!ちゃんとやれ!」
(その日の夜の電話)
ジュン「今日は急に悪かったわね」
起夫「いやはや、びっくりしました。だって、教官、お母さんに付き合ってること話すのが今年の8月ぐらいで、相手が日本人だって話すのが暮れぐらいだって言ってたのに・・・」
ジュン「ま、早いほうがいいんじゃない?」
起夫「でも・・・なんか、お義母さん、やっぱり反対なんじゃないですかね?」
ジュン「そんなことないよ。お母さん、起っちゃんのこと、『優しそうで良かった』って言ってたし。」
起夫「それにしても、結婚後の計画とか、苦労させないか、とか、まだ全然考えてないですよ」
ジュン「うん、でもね、韓国ではそういうのを聞くのは当たり前なんだよ」
起夫「そうなんですか?」
ジュン「だってね、あたし、長女でね、お母さん娘を嫁に出すのも初めてだからね、心配だと思うんだ」
起夫「何がですか?」
ジュン「・・・だってもし日本で暮らすことになったらあたしには逃げる場所はないんだ」
起夫「逃げる場所って・・・」
ジュン「起っちゃんの家の人に受け入れてもらえなかったり、仮にいじめられたりしたらって」
起夫「そ、そんなことないですよ」
ジュン「だってあたし、日本人じゃないからさ・・・いろいろあるからさ・・・」
起夫「・・・・・・・・」
ジュン「あんたは大丈夫でも、他の人はわからないからさ・・・」
起夫「・・・・・・・・」
ジュン「お母さんもあたしが困ったときにさ、近くにいてあげられないから心配なんじゃないかな?」
起夫「・・・・・・・・」
ジュン「もしあんたの家を追い出されたら・・・韓国ではもう結婚はできないだろうし・・・・」
起夫「あ、あの・・・・教官?」
ジュン「ん?なに?」
起夫「・・・・・・・・・あの・・・・・今度、僕の親に会いません?」
ジュン「えっ?」
(つづく)