(あらすじ:36歳にして初めて彼女ができた起夫は、女性との付き合い方をまるで知らない彼氏童貞。よって経験豊富?な韓国人彼女ジュンを教官と仰ぎ、立派な彼氏になるためのイロハを教わっている。)
ジュン「別に本当に買わなくてもいいんだけど・・・」
起夫「でも前にほしいって言ったじゃないですか」
ジュン「でも・・・別にいいよ。」
ジュンと起夫は新宿の人混みの中を手をつないで歩いていた。
そう・・・指輪を買うために。
ジュン「ねえ、本当にいいってば」
起夫「いやいや。これは僕が”彼女に指輪をプレゼントする”っていうのをやってみたいからですよ。彼女ができたらやってみたかったことの一つなんです。」
ジュン「そうなの?なんか悪いな・・・」
起夫「国に帰っても、それを見る度に僕のことを思い出せるものをプレゼントしたいんですよ」
ジュン「うん・・・」
ちなみに今回、プレゼントする指輪の起夫の考える予算は5万円
起夫は事前にネットで「ホワイトデーのプレゼント特集」をしているようなジュエリーショップをいくつかセレクトしていた。
起夫はいつになく力強くジュンの手をひいて「4℃」というジュエリーショップに入った。
しかし生まれて入るジュエリーショップの高級な店構えに、起夫は一瞬で萎縮してしまった。
ジュン「う~ん、あたし、あんまり派手なのは好きじゃないのよね・・・」
起夫「(2万4千円、OK。4万6千円、ギリギリOK。7万6500円、アウトアウト・・・)」
ジュン「う~ん、ダイヤモンドか~。これもね~」
起夫「(一、十、百、千、万・・・22万円!?無理無理!」
起夫は渾身の力を込めてジュンの手を引っ張った。
ジュン「シルバーのリング!あ、これ、いいな。あ、ゴールドもいい~。あ、ネックレスもハートのやつ、いいな~。あ~これはお母さん用だな・・・」
起夫「(3万円のリング!これぐらいだといいな~。あ、ゴールドも5万円以内ならまだいける。ハートのネックレスは予算オーバー。あ~それは高いからお母さんに買ってもらって・・・)」
ジュンは目をキラキラさせながら指輪を見ていた。
その横で起夫は目をギラギラさせながら値札を見ていた。
ジュン「う~ん、どうしようかな~」
起夫「あの、ここで決めなくても宝石店は他にもあるから。他を見てからまた戻ってもいいし」
ジュン「それもそうね」
すると起夫は事前に調べてあったもう一つのお手頃ショップ『スワロフスキー』にジュンを導いた。
しかし、『スワロフスキー』ではジュンの好みの指輪は見つからず、続く『ケイ・ウノ』『スタージュエリー』でもジュンのお眼鏡にかなう指輪は見つからなかった。
ジュン「やっぱり最初の店にしようかな・・・」
起夫「う~ん、えっと他にないかな?他に・・・」
ジュン「あ、ティファニーがあるよ」
起夫「てぃふぁにぃ?」
ティファニーと言えば、ブランドに疎い起夫でも知っている超有名ブランドだ。
起夫はたちまち蒼くなった。
ジュンの後を追って店の中に入ると、ガラスケースの中にそれはそれは高級そうな宝飾品の数々が並んでいた。
ジュン「わ~かわいい!」
ジュンが喜ぶのも無理はない。
ショーケースに並ぶ指輪はどれもセンスが良く、さすがティファニーと思わせた。
また、高級なものばかりかと思いきや、数万円で買えるようなものも意外にそろっている。
ショーケースを一つ一つ見ていく。
が、奥に行くに従って値段の桁が増えていく。
ジュン「え?なんかここ、高いやつばっかりじゃない?」
起夫「きょ、教官。ここ、エンゲージリングの売場っす。給料三ヶ月分です」
ジュン「そりゃ失礼しました」
そういうとジュンは起夫の手を引き、起夫が買えそうな値段が手頃な指輪を物色しはじめた。
店員「よろしかったら、お試しになりますか?」
品のよい店員さんが上品な笑みを浮かべて話しかけてきた。
おそらく起夫一人だったらその品の良さ、格式の高さに逃げ出していただろう。
が、ジュンはうろたえもせず「あ、お願いします」とのたまわった。
店員さんは真っ白な手袋をはめて、恭しくショーケースに入っているリングを取り出した。
シルバーの二つのリングがつながったもので、指にはめるとちょうど”X”の字になるらしい。
ジュンは慣れた手つきで指輪をはめた。
起夫は「ああ、あんなに高そうな指輪を素手で・・・。教官も手袋をつけなくてもいいんだろうか・・・」といらぬ心配をしていた。
ジュン「うん、いい感じ。これにしようかな?」
起夫がこっそり値札を見ると4万5千円の文字が目に入った。
起夫「わお。まあ、これぐらいなら、来月がんばればなんとか・・・」
店員「あ、そのダブルのリング、ゴールドとピンクゴールドの組み合わせもあるんですよ」
起夫「なぬ?」
すると店員は隠し玉のようにケースの後ろからゴールドとピンクゴールドの指輪を取り出し、ジュンの前に押し出した。
ジュン「あ~!!これいい~!!」
そりゃいいに決まってる!シルバーのダブルより、ゴールドとピンクゴールドのダブルのほうが華やかだもん。
しかし無情にも値段は6万円を超えていたのである。
とっさに起夫の表情を見て取ったジュンは「でも、シルバーのやつでいいわ」と妥協した。
ジュン「こっちもかわいいし」
明らかに起夫に気を使ってるジュン
確かに6万円の指輪は薄給の起夫には痛い。しかし、既にジュンは6万の方を見てしまっている。
起夫の中で何かがはじけた。
起夫「だ、だめっす!」
ジュン「え?」
起夫「こういうときは妥協しちゃダメっす!」
ジュン「だって・・・」
起夫「こういう時に妥協すると・・・あとで後悔するっす!こういう高い買い物はやり直しはきかないっす。だから今、ちょこっとがんばってでも、一番いいのを買うに限るでやんす!」
ジュン「でも起夫君、涙目になってるし」
起夫「泣いてなんかないっす!涙は心の汗っす!」
ジュン「よくわからないけど・・・高くない?」
起夫「高いっす!でも、でも、・・・僕、がんばります!」
なんと最後は起夫がジュンを押し切り、ゴールドとピンクゴールドのダブルリングを決定したのである。
してやったり顔のティファニーの店員の前で、必死な起夫の表情を真っ正面から受け止めるジュンであった。
ティファニーの店員は起夫からクレジットカードを受け取ると、そそくさと奥のレジへと消えていった。
なんとなく気まずい時間が流れるのを、ジュンは起夫の手をぎゅっと握ることで紛らわしているようであった。
数分後、起夫の指輪はティファニーの小さな紙バックに包まれて出てきた。
起夫はそのバックはてっきりジュンが受け取るものだと思っていた。
サプライズで指輪をプレゼントするわけではないし、これはもうジュンの指輪で、起夫は支払いをしただけだと思ったからだ。
しかし、ティファニーの店員は、まるでそれが当然のように、小さな紙バックを起夫に渡した。
起夫はわけがわからぬままそのジュンに紙バックを渡した。
するとジュンはそれを恭しく受け取るのであった。
ジュン「ありがとう!」
ジュンは今までにないくらいのとびきりの笑顔で答えた。
ジュン「今までもらったプレゼントの中で一番嬉しい!」
起夫もなんだか救われたような気がしてうれしかった。
その後、ジュンはありとあらゆる友だちに指輪もらったことを自慢したようだ。
人づてにそれを聞くたびに、ジュンが本当に指輪を心から喜んでくれたということが分かり、起夫はさらに幸せな気持ちになった。
が、ジュンがその指輪はするようになるのは少し後になってからである。
ジュン「焼き鳥屋の皿洗いのバイトで手が荒れちゃって。それに毎日バイトがあるからすぐはずさなきゃいけないし。もうすぐバイト辞めるからそしたら指輪はめるわ」
ジュンが指輪をしてくれたら、さらにまた幸せな気分になるだろうな
そう思いながら、ジュンの荒れた手にハンドクリームを塗ってあげる起夫であった・・・。