俺よ、男前たれ

おもしろきこともなき世をおもしろく

春日部のキャバ嬢

昔々あるところに、祖父は総理大臣、父も政治家という裕福な家庭に育った男がいました。

その男は子どもの時から侍従や家政婦たちに“若(わか)”と呼ばれ、周囲の過剰な愛情の元に何不自由なく育ち、未来の総理大臣になるべく、まっすぐと成長していきました。

ある日、若はイェール大学時代の友達と東京郊外へドライブへ出かけました。

都心から3時間ほど車を走らせると、そこはもう全くの別天地で、澄んだ空気と緑豊かな自然に囲まれた風景に若はすっかり魅了されてしまいました。

しかし、ドライブに夢中になるばかりに、ガソリンが無くなるのに気づかず、道の途中で立ち往生してしまいました。

そこは「春日部」という町でしたが、東京とは違い夜遅くまで開いているガソリンスタンドはありませんでした。

若と友人たちはしかたなく、車の中で一泊することになりました。

しかし、田舎の夜は早く、近くのコンビニで買った夕食をとると一行はすることがなくなってしまいました。

普段は大きなソファーに座りながらテレビを見たり、メイド達が口元まで運んでくれる果物を食べながらゲームをしたりできたのに、今は侍従や家政婦たちもいません。

若がすっかり落ち込んでいると、遠くのほうでネオンがきらびやかに光っているのに気がつきました。

「あの光はなんだ?」

そう若が言うと、友人たちは

「恐れながら、若がご存知ない、下々のものが夜を楽しむキャバクラという場所にございます。」

しかし、すっかり退屈しきっていた若は、そのネオンにますます惹かれてしまいます。

友人たちが「いけません。若。若がいらっしゃるような場所ではございません」というのを聞かず

「苦しゅうない。参るぞ!」と無理を言ってキャバクラへ行き、ドアを開けてしまいました。

すると

いらっしゃいませ~


中はさびれた感じの小汚いキャバクラで、友人達はすっかり引いてしまいました。

しかしキャバクラというところに初めてきた若は、目をキラキラさせながら店内を見渡しました。

3人がソファーに腰掛けながら、飲み物を待っていると、若の目の前に一人のキャバ嬢がやってきました。

ご指名ありがとうございます。姫ちゃんです!


「は?え?なんだ?」

指名してないとか言わないの~、てか言わせな~い・・・


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若はキャバ嬢のトークにすっかりはまってしまいました。

キャバ嬢は若の周りには決していなかったタイプの女性でした。

キャバ嬢は若の話を聞き、若をからかい、そして時に不機嫌になって無視し、また急にご機嫌になって若を振り回しました。

結局若は3時間も延長し、春日部の夜をとても楽しんだのでした。



白金台の自宅にもどった若様。

しかし、若は帝王学の勉強も手につかず、キャバクラのことばかり考えていました。

春日部で会ったキャバ嬢の大胆な接客、馴れ馴れしさ、あのまったりとした雰囲気。

若はあの楽しさが忘れられず、いつも自分の周りにいるメイドやコンパニオンでは満足できなくなりました。

そこで執事に「僕はキャバクラ遊びがしたい」とせがみました。

キャバクラ遊びなどしたことがない執事は侍従たちに命令し、キャバクラへ視察へ行かせましたが、とても若に行かせられるような健全な場所ではありませんでした。

その破廉恥な身なり、派手なメイク、未来の総理となるべく若に接見させるわけにはいきません。

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しかし、成人した若に、多少なりともお戯れを体験させてさし上げたいと、

普段、若の父上が利用している銀座の高級クラブのホステスを自宅に呼ぶことにしました。


待ちに待ったキャバ嬢がもうすぐ現れる。

若は期待に胸を膨らましました。

しかし、目の前に現れたのは、以前目にしたキャバ嬢とは似て似つかぬ姿の女性でした。

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「始めまして。眞澄(ますみ)と申します」

「は、はぁ・・・」

銀座で新進気鋭のIT社長や、大企業の役員達を虜にしてきた眞澄嬢は、若の境遇に驚き、その努力を讃え、苦労をねぎらい、優しく包み込むような微笑を若に向け続けました。

しかし若はどうも居心地が悪い。

そこでこっそりと執事を呼び、「このキャバ嬢はどこのキャバ嬢だ」と訪ねました。

「キャバ・・・あの、こちらは、銀座からお越しいただいた方でございます。」

「あ~、やっぱりな。それはいかん。」

「と、申しますと」


「キャバ嬢は春日部に限る!」





お後がよろしいようで・・・・





*もちろん 落語「目黒のさんま」のパロディです。はい。