俺よ、男前たれ

おもしろきこともなき世をおもしろく

寝顔注意

それは金曜日の夜のことだった。

僕は9時ごろ職場近くで夕食を済まし、帰りの満員電車に乗ろうとしていた。

ドア付近はものすごく混雑をしていたが、車内の奥は嘘みたいに空いているようだった。

僕は「すみません、すみません」と言いながら無理やり体を押し込み、車内奥へと足を進めた。


もちろん、座席は埋まっていたが、その前のつり革部分は空いている。

僕は「やれやれ」とホッとしながら荷物を棚の上に置き、つり革につかまった。

左手につり革、右手に携帯電話。

ちょうど携帯のメールが1000件を超えそうだったのでいくつか消去しなければならなかったのだ。


僕が携帯をいじっていると、僕の右隣にぐったりと立っている女性がいた。

その女性はつり革ではなく、イスのしきりに立つポール(手すり?)に寄りかかるように立っていた。

なにか嫌な予感がした。

「このお嬢ちゃん、酔っ払ってんじゃないの?」

「もしかして、気持ち悪いんじゃないの?」

「目の前に座っているバーコードのおっさんにぶちまけるんじゃないの?」

そんな雰囲気をバリバリにかもし出していた。

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僕は携帯をいじりながらも、その女性のことが気になって仕方なかった。

年は20代前半、学生っぽくもあるが、社会人っぽくもある。

黒髪で、素朴な感じ。

化粧っけもなく、顔もかわいい感じで好感が持てる。


その子は手すりに抱きつくようにもたれかかった。

顔色は悪くない。

どうやら、猛烈な睡魔に襲われているようだった。


まあ、そういう人はよくいる。

つり革につかまりながらユラユラ揺れてるおっさんとか、

終電で座り込んじゃう酔客とか。


しかしここは満員電車。

女性はなんとか手すりにもたれながら、必死に耐えていた。

が、やはり睡魔には勝てなかったのだろう。

顔を横に向け、まるでうつ伏せ寝のように手すりにもたれながら寝始めたのだ。


そう。

左隣に立っている僕のほうに顔を向け、スヤスヤと寝始めたのだ。

これが本当に、僕の顔のすぐ右下に女性の顔がある状態。

僕はやろうと思えば、その子の寝顔をガン見することだって出来るし、電車が揺れればほっぺにチューぐらいできそうな距離なのだ。


僕は必死に携帯の画面を見るフリをして、女性の顔をチラ見した。

なんとも無防備な寝顔だった。

本当に素朴な感じのかわいい子だった。

唇が荒れて、皮がちょこっと剥けていた。


ああ、この皮・・・・

指でつまんで引っ張って取りたい・・・・


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僕はなんとなく、周りを見回してしまった。

この女の子に気づいている人はいなさそう。

みな自分の携帯、ゲーム、文庫本に夢中


が、僕の50センチ前に女の子の寝顔があるのである。

これで気にするなというのがおかしい。

しかも、彼女の左肘にもつハンドバックが、ものの見事に僕の股間にヒットしているのである。

僕の妄想力をもってすれば、ちんこを立てることはたやすい。

が、さすがにそれはできない。


気づくと彼女からのメールまで間違って削除している始末。

う~む、ある意味、拷問・・・・

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すると女性は首が苦しかったのか、「う~ん」と言いながら顔を反対側に向けてくれた。

僕は少し我に返って気持ちを整理した。

ここは電車の中、電車の中


痴漢冤罪になんてなったら人生の終わり


彼女がこのブログを見てたらどうするんだ



しかし左向きはあまりお気に召さなかったのか、また僕のほうに顔を向ける女の子

この子の顔が、もう少し遠くにあったら・・・・・

この子の顔が、ずっと反対側に向いていてくれたら

この子の顔が、もう少しブサイクだったら・・・・・

僕はこんな葛藤に悩まされずに済んだろうに・・・・



10分後、電車は新宿駅に到着。

さすがに大きな駅なのでたくさんの客が降りていき、僕の”左前”の座席が1つ空いた。

ああ、どうせならこの眠り姫をあの席に座らせてあげたいものだが

彼女は僕の右側に立っているし、彼女を揺り起こして座らせるのもなんだし・・・・・・


そう思っているとその女の子の目が一瞬開き、空いた座席を捕らえた。

するとその子は、左隣りに立つ僕のほうを一切見ることなく、

僕の真ん前を横切ってその席へ座ったのである。

そして「やれやれ、これでぐっすり寝られる」というふうに、安心して目を閉じたのであった。


一瞬のできごとで、僕はびっくりしてしまった。


いやいや、普通「誰も座らないんですか?」っていう間があって、

アイコンタクトがあって、

「すみませ~ん」なんて愛想笑いがあって会釈があって、初めて座るでしょう?

なんとなく釈然としない僕を乗せたまま電車は走り続け、20分後、駅に着いた。



そして僕は「このまま、終点まで寝てろ!ブス!」

そう心の中で叫んで、電車を降りたのでした。

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