俺よ、男前たれ

おもしろきこともなき世をおもしろく

老兵は死なず、単に消え去るのみ

松っつんへ

松っつんがいなくなって4度目の収録。『水曜日のダウンタウン』(TBS系列)と『ダウンタウンDX』(日本テレビ系列)は新しい形を模索し続けています。

正直、松っつんがいなくなって番組はどうなるのだろうと本当に心配でした。最初の収録では東野、矢作、品川らががんばって松っつんの抜けた穴を埋めようとしてくれましたが、スタジオの雰囲気は重く、なんだか空回りをしていたように思います。

いつもなら「ここで松っつんがボケて、終わりだな」「松っつんがイジって、俺がツッコんで次のコーナーだな」と思うところが多々ありました。皆、松っつんがボケて区切りをつける流れに慣れてしまっていたのかもしれません。俺も強引に突っ込んで流れを変えようとはしたけれど、それでも視聴者には「誰が大オチ?」とゲストがパスを回し続けているように映ったかもしれません。

『水曜~』で小峠が出た時も松っつんとの絡みがないまま始まり、寂しさを覚えましたし、(小峠 ち○こ (youtube.com)VTR後のコメントも「この辺で松っつんの毒がほしいなぁ」と思うことが多々ありました。検証がつまらなくてダイジェストになっても、伊集院がまじめにバラエティを語りだしても”笑い”に戻す人がいません。

『DX』でも松っつんの「イジリ」「ボケ」がないので、ゲストを次々と指名してエピソードトークをしてもらうしかありません。自分でも信じられないくらいにトークが拾えず、ゴングが鳴らせないままダラダラと流れ作業でゲストを指名しています。改めて松っつんの存在って大きかったんだなぁと思います。

でも、気づいたこともあります。

若い子らが、実にのびのびとトークをし始めていることです。今までは俺らが睨みを利かせていたので、後輩はみんな「噛まないように」「スベらないように」と気を張っていたように思います。俺らは知らないうちに後輩らにプレッシャーを与えていたのかもしれません。でも松っつんがいなくなって、若い子らがどんどん前に出てくるようになったと思います。津田は追い込めば追い込むほどおもろい奴だと思っていたのに、今は笑顔で自分から品川に絡んでいきます。亜星や兼近も山本も自分から発言して笑いを取ろうとするようになりましたし、かまいたちは自分の番組のように落ち着いて二人でやりとりをしています。まだまだ若手ライブのトークコーナーのようでダラダラした感じがしなくもないのですが、もしかしたら今の視聴者はこんな感じのほのぼのしたトークを望んでいるのかもしれません。

俺らがやってきた緊張感のある笑い、松っつんの求めてきたシビアな世界はもう必要ないのかもしれません。寂しいけれど、松っつんがいなくなってからも、今の視聴者に合う新しい形ができつつあります。

俺はもう少しがんばってみますが、いつかどっか別のところでおっさんらを相手に俺らの笑いをやるのもいいかもしれませんね。

松っつんが一日でも早く帰ってくることを、首を長くして待っています。

〇〇より

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懐古主義と呼ばれても・・・ - 俺よ、男前たれ (hatenablog.com)

大切なものは何ですか?

なんでも昨晩の大雪で学校が登校中止になり、小学校三年生の息子は家でオンライン授業を受けていたとのことだった。妻は脇でその様子を見ていたのだが、どうも息子の答えに納得できなかったらしい。で、その夜、その時の息子の答えを聞いて僕は感心してしまった。
「う~む、我が子ながら・・・いいセンスをしている!」

https://kyoiku.sho.jp/168608/

『大切なものはなんですか』(光村図書)のあらすじ
成虫になったばかりのセミが他の昆虫たちに「一番大切なものは何?」と尋ねた。
コガネムシは「金(カネ)!」、蟻は「食べ物」、カブトムシは「丈夫な体」、カタツムリは「自分の家」、トンボは「勉強も大切」とそれぞれ答える中、アゲハチョウは友達のモンシロチョウの話をしだす。友達のモンシロチョウは池に落ちて母親が見つめる中で沈んでいく。母親蝶は池の上をいつまでも飛んでいたという。
セミは夜、みんなの話を思い出しながらずっと考え込んでいる

 

先生「みなさんにとって、大切なものはなんですか?」
生徒A「家族です!」
生徒B「ゲーム!」
生徒C「家族!」
生徒D「え?あの、あのね、夢とか?」
息子「え~、お金?」(その後Muteにし、母親のほうに『本当はママだけどね』と囁く)

先生「じゃあ、モンシロチョウのお母さんは、どんな気持ちだった?何を考えていたと思う?」
生徒A「悲しい気持ち!」
生徒B「悲しい!泣きそうな」
生徒C「残念な気持ち。すごい悲しい・・・」
生徒D「あ~、死んじゃったという…その、悲しみ?」
すると我が息子は
息子「え~、死んだら天国に行きます
と答えたらしい。横で見ていた妻はMuteを確認すると
妻「そうじゃないでしょ!自分の子供が死んじゃったんだから!先生がほしい答えは悲しいとかそういうことでしょ!」
と反射的に言ってしまったという。クラスでもそんな答えを言うのは我が息子だけだったという。



う~む、さすが我が子。実は僕も20代くらいまでずっと天邪鬼をこじらせていて“人と違うこと”に最大の価値を置いていた。人と同じことはつまらないことだと思い、わざと人と違うことを言ったり大人を困らせるようなことをしたりしていた。蛙の子は蛙。息子は天邪鬼というわけではないが、先生や大人が求める答えを忖度して答えたり、周りの子に合わせたりすることに価値を置いていないようだ。
それにしても死んでいく我が子を観ながら「ああ、あの子は天国へ行くんだな」なんて冷静に思える親がいると思っているのがすごい。少なくともお前の親は普通に悲しんだり泣き叫んだりするよ、今はきっと。
メキシコとかラテン系の人は大切な人の死を“黙とう”ではなく“拍手”で送るということを訊いたことがある。また身内の死に対し「肉体はただの入れ物、魂は天国へ上り転生する」なんて達観できるのはよほどの修行僧くらいだろう。
でもセミからしたらそんな答えも悪くないのかもしれない。もしかしたら息子はセミのためを思ってそんな答えを言ったのでは!と思い、聞いてみた。
僕「セミの成虫って一週間ぐらいで死んじゃうって知ってた?」
息子「知らん。『残念な生き物図鑑』にも載ってなかった。たぶんクラスのみんなも知らないと思う」
とのこと。ちなみに妻も「セミ(成虫)の一生が短いのを知ったのは大人になってから」という。
いやいや、このお話のミソは成虫になって一週間ほどで死んでしまうセミが他の虫に質問するところでしょう?
道徳の授業はこのお話の一番大切な仕掛けを見落としている気がした。

復活するセミのイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや

おじさんですけど?

先日、ネットで面白い記事を見かけた。

「マジで」「めちゃくちゃ」は“おじさん言葉”、SNS上で波紋を呼んだ「もはや死語な言葉」(週刊女性PRIME) - Yahoo!ニュース

「マジで」「めちゃめちゃ」を使うのはもはやおじさん世代だけで、その下の世代は「ガチ」や「エグい」を使うのだとか。

たださすがにこの内容には批判も多く「若い世代でも普通に”マジ”や”めっちゃ”を使う」「メディアが面白がって一部の声を取り上げただけ」「言葉は変わっていくのが自然」などの声があるようだ。

ちょっと前にもLINEの”おじさん構文”(あなたのLINEも「おじさん構文」かも?Z世代が毛嫌いする3つのポイント | News&Analysis | ダイヤモンド・オンライン (diamond.jp))が話題になったり、そんな文章を作成する「おじさん文章ジェネレーター」(おじさん文章ジェネレーター (oji.netlify.app))が女の子同士で使われたりしていたらしい。まあ、おじさんというのは若い人にとっては”絶好のおもちゃ”なんだろうな。

ちなみに日本では43歳くらいからいわゆる”おじさん”と認識されるというデータがあるらしい(「43歳からおじさん」が調査で判明! 「7つの特徴」を大分析 | 日経BOOKプラス (nikkei.com))。

今年51歳になる僕はまごうことなく”おじさん”だ。世間の若者は僕のことを指さして「あのおじさん、チャック開いてね?」とか「あのおっさん、幸薄そぉ~」なんて言われているのかもしれない。ただ幸か不幸か直接”おじさん!”と呼ばれることなくここまで来てしまった。姪っ子が一人いるのだが人見知り且つ年に1回会うかどうかくらいなので、いまだに”おじさん”と呼ばれ慣れていない。

だから40代半ばくらいまで自分を”おじさん”と認めるのに抵抗があったように思う。髪もちょっとブラウンに染めて白髪を隠していたし、ファッションもちょっと派手目な色のものを着て若作りしていた。「俺はまだ20代の子と話が合わせられるし!」「体力あるし!病気もないし!」と必死にアピールしていたように思う。若い人の話についていけるようにSNS、ネットなどをチェックし、音楽、ドラマ、マンガ、ゲームなどに興味がないのにがんばって情報を集めていた。

が、不思議なもので50代になってすっとあきらめがついた。

「まじで?」「めちゃめちゃ」を使っているとおじさんと思われますよ?と言われても、「え?おじさんですけど?」と開き直れるようになった。「おじさんっぽい」「オヤジ臭い」と言われても「まあね」として言いようがない。だって本当におじさんなんだから。おじさんは”おじさん”と呼ばれても別に驚かないし、怒らないし、ショックも受けない。「日本人かよ!」「男みたい!」「年取ったなぁ」と言われてショックを受ける立場の人もいるだろうが、僕は「え?あ、はい。そうですけど?」としか思わない。

僕はだいぶ”おじさん力”がついてきたのかもしれない。

おじさん力 - 俺よ、男前たれ (hatenablog.com)

 

 

春近し令和に光る俵万智

(以下、引用)

歌人俵万智さん(61)が8日、自身の「X」(前ツイッター)を更新。新聞社が報じた「マルハラスメント」に触れ、“目から鱗(うろこ)”の一首を投稿。称賛の声が集まっている。

 今月6日、産経ニュースが「文末の句点に恐怖心…若者が感じる『マルハラスメント』」と題し、句読点の使用が与える印象について報じた。若者は「。」で終わる文に恐怖心を感じるという。

 この報道が話題となると、「句読点を多用するのは『おばさん構文』」とネット上で話題に。多くのメディアで特集された。

 俵さんは、「句点を打つのも、おばさん構文と聞いて…」とこの件に言及。「この一首をそっと置いておきますね~」と、一首を投稿した。俵さんが投稿したのは、

 「優しさにひとつ気がつく ×でなく○で必ず終わる日本語」(後略)

https://news.yahoo.co.jp/articles/9ec82ffd553e912852bd7544b22ab77f116f153f

https://www.yomiuri.co.jp/otekomachi/20231017-OYT8T50044/

ここ最近、俵万智界隈がまた賑わっている。ちょっと前にも(旧)Twitterの名称がXになったことに触れ、

「言の葉を ついと咥(くわ)えて 飛んでゆく 小さき青き鳥を忘れず」

「このままで いいのに異論は 届かない マスクの下に唇をかむ」

という二首を詠み、「さすがプロ」「完璧」と絶賛されていた。

で、これは本当に偶然なのだが、僕は昨年8月、海外赴任に行く直前に無性に「『サラダ記念日』が読みたい!」という衝動に駆られていた。なぜ30年以上前の本を急に読みたくなったのかはわからない。大好きな『プレバト!』(TBS系)の俳句コーナーを見て、「短歌のコーナーもあればいいのに。そしたら先生は俵万智だな」なんて思ったのかもしれないし、革命的に旨いチョコレートでも食べたのかもしれない。とにかくそのまま駅前の本屋で文庫本版を買い、今も赴任先の書斎においてあるのだ。

 それにしても『サラダ記念日』を初めて読んだ時の衝撃はすごかった。もし“短歌”を百人一首とか中学校の国語の教科書ぐらいでしか見たことがなくて、「あの昔の言葉で書かれた難しいやつでしょ?」なんていうZ世代、令和の子供がいたらぜひ『サラダ記念日』を読んでほしい。というか、もう学校の教科書に載っていてもいいくらいだと思うし、学校で普通に現代短歌・現代俳句を作る行事があっていいと思う。若い人が『サラダ記念日』を知らないまま育っていくのはもったいない!あれは映画で言えば『ローマの休日』とか『ジョーズ』みたいなもの。純文学で言えば『吾輩は猫である』とか『蜘蛛の糸』、Jポップスで言えば『RYDEEN』とか『東京ブロンクス』みたいなもの。“日本人が知っておくべき名作”“それまでの常識・概念を変えた革命的な作品”の類だと思う。

 僕が『サラダ記念日』を初めて読んだのは発行されてから11年経った1998年。すでにめちゃめちゃ売れていて(230万部?)当時誰もが知っている作品だったが僕はまだ読んでいなかった。で、読んでみたらやはりすごかったのだ。

「え?短歌って、こんなにポップな感じでいいの?」

「女の子のリアルな心情を、5・7・5・7・7でこんなに軽やかに詠める?」

「短歌のリズムって、こんなにスッと入ってくるものなのか!」

「この感性!うらやましいわぁ~。嫉妬するわぁ~。きゅんとするわぁ~」

「これってノン・フィクション?短歌って、こんな日記みたいにスラスラ詠めるもんなの?すごくない?うわぁ~俺もやってみてぇ~。旅行中、ずっとこんな風に詠めたら楽しいだろうな~」

俵万智さん、かわいいなぁ~。でもこんなに赤裸々に書いて大丈夫かなぁ~。女の子ってこんなこと考えてるのかぁ~。参ったなぁ~。あ~彼女ほしいぃ~」

とにかく僕が短歌に対して持っていた固定観念とか偏見みたいなものを軽やかに崩してくれて、“現代短歌”の面白さを十二分に伝えてくれたあの衝撃!50歳になった今も忘れていない。あれは“革命”だった。『サラダ記念日』・・・今更ながらすごくいぃタイトル!全国民、全世代に詠んでほしいし、これからも読み継がれてほしい。

そんなに好きならその後の俵先生の作品『チョコレート革命』や去年発行の『アボカドの種』を読んでるかと言えば、実は読んでない(申し訳ない!)。でも読んだらすごいんだろうな。

思うに、俵万智さん作る現代短歌は令和との親和性が強いのだと思う。僕みたいなおじさんは長々と語る癖があるが、5・7・5・7・7の31音でスパッと言われると歯切れがいいし、それでいてなんとも気持ちのいい余韻がある。Z世代も思わず読み返して「ウマいなぁ!」と感心したり「これはこういう気持ちカナ」なんて自由に解釈したりできる。

不要な言葉を削り、至高の言葉を選び、5・7・5・7・7のリズムにぴったり乗せつつ自分の正直な心情が表現できた時の快感ってすごいんだろうなぁ。自分なりの表現方法を確立している人って、いいよなぁ~。

プロになると産みの苦しみもあるだろうけど、俵万智さんは「売れる」ことより現代短歌に魅了されたあの時の気持ちのまま、『サラダ記念日』のあとがきに書いたあの気持ちのまま今もいるような気がする。だから俵万智さんは美しい。

https://www.nhk.or.jp/miyazaki/lreport/article/001/50/

子供を守るコンプライアンス委員会

浦島太郎:では報告をお願いします。

シン・桃太郎:え~まず私どもは犬・猿・雉を“家来”ではなく、“仲間”とすることにしました。

浦島:『One Piece』的な感じね。いいですね。

シン・桃太郎:それから鬼は退治せず、最終的には謝罪をもぎ取り、和解した上でおじいさん、おばあさんとともに楽しく食事をし、その後仲良く暮らすという結末に変えました。

浦島:素晴らしいですね。子供たちもこんなハッピーエンドの物語を読めば幸せな気持ちになって、優しい心を育むことができるでしょう。

シン・桃太郎:今後の検討事項としては“桃に酸素孔”、“桃を老人に運ばせるのではなく桃太郎自ら移動”、“おじいさんは草刈り機、おばあさんはドラム式洗濯機を使用”などが考えられます。

浦島:引き続き、頑張ってください。え~と、次は『さるかに合戦』の臼(うす)さんですね。報告よろしくお願いします。

臼:はい。まずは冒頭、硬い渋柿を蟹の母親に投げつけて殺してしまうシーンはケガをさせる程度に留めます。復讐のシーンも表現を和らげます。焼き栗は音で脅かすだけにして、ハチも実際に刺すと危ないので羽音で脅すだけにします。私も実際に猿の上に落ちると死んでしまうので“ドスン”という音で脅すだけにします。

浦島:馬糞はどうしますか?

臼:あれは子供受けがいいのでできればそのままで。

浦島:でも保護者受けは良くないんですよねぇ~。あとタイトルの“合戦”も戦争をイメージさせますね。

臼:わかりました。では『さるかにばなし』に差し替えます。

浦島:お願いします。あと『カチカチ山』のうさぎさん、前回の改善点はどうなりましたか?

ウサギ:え~っと、タヌキがおばあさんを鍋にしておじいさんに食わせるのはやめましたし、泥の船で溺れさせて最後櫂で叩いてとどめを刺すのもやめました。最後はたぬきが反省してみんなでご飯を食べて仲良く暮らす、と。マニュアル通りになったと思いますが・・・。

浦島:火傷した背中にとうがらしを塗るシーンは?

ウサギ:あぁ、それも直してあります。

浦島:そうですか。あと私が気になったのは、タヌキはウサギの誘いに何度もついていってしまっているのは、やはりうさぎはメスの魅力というか色仕掛けをしているように取れるんですよね。

ウサギ:それは考えすぎでは。そもそも私、そんな峰不二子的なことしていません!

浦島:そうですか・・・。ま、これ以上追及すると私も訴えられかねませんのでやめますが。え~っと、次回はシン・一寸法師さんですね。報告の準備はできていますか?

一寸法師:ええ、なんとかしようとは思いますが、スタートのおじいさんとおばあさんから生まれるところをどう変えていいものやら・・・。

浦島:性的な描写はもちろん、それを想起させるのも絶対にダメ!ちゃんとマニュアルを読んで!コウノトリが運んでくるとか、柿から生まれるとか、なんか考えなさい!

一寸法師:あとエンディングもちょっと他と被りそうなんですが・・・。

浦島:鬼が出るからな。

一寸法師:殺さないまでも“退治”するのはダメですか?私も食べられていますし・・・。

浦島:でも噛まれてもないし、食いちぎられてもない。あくまで体の中にいれただけでしょ?あなたは無事だったんでしょ?そんな鬼を退治したらネットで叩かれますよ。鬼なら倒していいんですか?いじめていいんですか?

一寸法師:でもシン・桃太郎さんと同じ結末じゃ子供の興味が・・・

浦島:昔話界から排除されたいんですか?「日本の昔話は残酷」なんてレッテルを張られてネットに晒されたらみなさんに迷惑がかかりますよ。

一寸法師:・・・。

浦島:結末がかぶるのは構わないので、マニュアル通りにお願いします。最後は仲直りして仲良く暮らす感じで。

一寸法師:・・・はい。

違反 | かわいいフリー素材集 いらすとや

 

浦島:それから3月に年次総会がありますので、各自共有ファイルに入れておくように。

ウサギ:年次総会では他にどんな人が発表するんですか?

浦島:今年の注目はヒーロー協会ですね。仮面ライダー、ヒーロー戦隊らが改革に乗り出すらしいです。

ウサギ:え?悪者を倒さないんですか?

浦島:まあね。このご時世、悪者を倒して終わるのじゃコンプライアンス的にまずいでしょう?

ウサギ:「謝罪→仲直り→食事→仲良く暮らす」パターンですか?

浦島:まあ、“食事”はなくても、大体はそのパターンでしょうね。そもそも敵なんだか味方なんだかわからないキャラクターも増えているし、「一緒にダンス!」「一緒にゲーム!」みたいなパターンも選べるのが現代劇のいいところですよな。

臼:ウルトラマンはどうするんですか?会話ができなきゃ仲直りも難しくないですか?

浦島:あそこはちょっと前から改革が始まってたらしいよ。怪獣=悪という図も昔からあいまいで“宇宙に逃がす”なんて結末もあったし、最近は悪い宇宙人だと思っていたのに地球人を助けたりするし。

臼:日本のコンプライアンスもどんどん進むなぁ。

浦島:こどもに残酷なもの、いじめにつながるものは見せられないしね。「みんな仲良く!」「慈悲深く!」。そうやって育った日本人はみんな優しくなるよ!

ウサギ:その割にはネットでは無慈悲ですよね。謝罪しても許さない!みたいな…

一寸法師:一寸先は闇・・・。

いきものがかりがいたよ

『関ジャム完全燃SHOW』(テレビ朝日系列)2023年1月28日の放送は”いきものがかり”特集。これが実に良かった。

『関ジャム完全燃SHOW』は好きな番組の1つだが、実は最近はちょっと心が離れていた。その原因の1つは番組を通じてレギュラー陣の音楽の知識が上がりすぎていること。昔は視聴者と同じように「え~、そうなんや!」と新鮮なリアクションをしてくれたのに・・・。もう1つはやはり最近の若いアーティストやその楽曲に自分がついていけなくなったこと。前回の「プロが選ぶ2023年のマイベスト10曲」もキツかった・・・。自分が観たことも聞いたこともない人の楽曲が「神曲!」「天才!」「1年を代表する曲!」と絶賛されることの置いてけぼり感といったら・・・。

でも良かった。ぼくには”いきものがかり”がいたよ!

最近の『関ジャム完全燃SHOW』に思うこと - 俺よ、男前たれ (hatenablog.com)

 

 今年51歳になる僕は年々流行の楽曲についていけなくなっている。K-POPは全滅、Ado、Yoasobiも周回遅れ、「TikTokで大バズリ!」は全く情報が入ってこない。かろうじて”あいみょん”だけは認識していて曲も聴いている。石井竜也さんが「あいみょんの歌はエイジレス」と評したようにあいみょんの曲は世代を問わず受け入れられる魅力がある。昭和のおじさん、昭和に飽きる - 俺よ、男前たれ (hatenablog.com)

 で、今回『関ジャム~』でいきものがかりの特集を見て、「そういえばいきものがかりもエイジレスだよな」と改めて気づいた。おじさんでも知っている曲は結構ある。「SAKURA」「ありがとう」「帰りたくなったよ」「じょいふる」「風が吹いている」(ファンではないのでメジャーな曲しかないのはご勘弁)、日本語タイトルが多いのもおじさん世代には嬉しい!またタイアップ曲になりやすいのはスタンダードでストレート、誰にでも受け入れやすい親しみやすさが歌詞・メロディー、そして本人たちのルックスに溢れているからだろう。紅白歌合戦のトリを飾っても、甲子園の入場曲に決まっても納得。

で、これほどヒット曲もあり、知名度・実績もあるのに『関ジャム完全燃SHOW』では”すごいアーティスト”として名前を挙げられたことがほとんどない。「歌の上手い女性ボーカル」として名前が挙がることもなければ「平成の名曲」として挙げられたのも1~2曲程度。AdoやYoasobi、あいみょんや藤井風、King Gnuや髭男、米津玄師らが”天才”とべた褒めされることはあっても、いきものがかりを絶賛する人はほとんどいなかった。が、実はそれがいきものがかりの戦略だったのだというからさらに驚いた。

いきものがかりについて、メンバーの水野氏は

・二人が変にカリスマにならなかったというのが良かったと思います。

・『聖恵ちゃんが何を言うか聴きたい』みたいになってしまうとそれはポップスじゃなくなってしまうので

・僕らは「普通というファンタジー」をやっている。「いきものがかりってずっと同じ感じだね」と言われると「よし、うまくいっているな」と思う。意外に違うことやっているのにみんな気づいてないから。

と述べている。

確かにいきものがかりは17年にわたりヒット曲を出し続けているのにカリスマっぽさがない。ボーカルの吉岡さんは番組中、他のアーティストから絶賛されると「うそぉ!」という風に目を開いて驚いた表情をする。本当に謙虚で純粋なイメージそのまま。全然天狗にならないってすごい。僕だったら「おう渋谷!お前も少しは音楽のことわかってきたみたいだな」なんて踏ん反り返るのに。いきものがかりは変に音楽を語らず、飾らず、「いつもの感じの普通の曲ですよ」みたいな顔をして人々が気づかないうちに耳・記憶に音楽を差し込んでくる。

 ちなみに僕もいきものがかりの凄さにずっと気づいていなかった。この番組を観るまで吉岡さんのことを「元気よく大きな声で歌う娘」ぐらいにしか思っていなかった。ボーカルの細かいテクニック、声の魅力、表現の工夫、歌詞をしっかり聞かせる歌い方など本人の努力と工夫が楽曲の中に随所に散りばめられていたようだが、全く気が付かなかった。が「すごいと思わせない」のもいきものがかりの戦略だったのかもしれない(もしくは天然)。

 実は水野さんはボーカルの吉岡さんにも言っていなかったことがあるそうだ。名曲『かえりたくなったよ』ではわざとメロディの中に不協和音(不安を煽るようなコード)を混ぜて、曲の雰囲気(郷愁感)を作っていた。吉岡さんは「初めて聞いた!」「高校時代から歌ってるから自然と・・・」と驚いていた。味方にもあえて説明をしないところ、それを理屈でなく自然にこなす吉岡さんもすごい。

 水野さんは番組の中で「”ふつう”が最強」と、自分たちの楽曲を”普通”と称していたが、僕は”普通”と”スタンダード”は違うと思う。いきものがかりは”スタンダード”だ。奇をてらったところがない。SNSでバズリを狙うことも、若者に飽きさせないように転調を繰り返し詰め込みすぎることもない。スタンダード。だから「ふ~ん、いい曲だね」とか「サビが覚えやすい」とは言われても「すごい楽曲!」と絶賛されることはない。が、きっと10年20年と歌い継がれる。それがスタンダード。知らない間に中学校あたりの合唱曲になってたりする。それがスタンダード。

 吉岡さんは「私も真剣にやる。真剣にライブの準備をして、レコーディングで納得する表現をしたい。そんな風に高校生の時に出会った地元の仲間と働いていることが面白い」と語り、水野さんは「スタンスを分かり合えるのがこのグループの強み」と語っている。この二人がいる限り、おじさんももう少し音楽が楽しめるかもしれない。

 あと下世話だけど、これだけ信頼し合っている二人が付き合わないのもすごい。

https://ikimonogakari.com/

いきものがかりはファンも素朴でいい人たちのような気がするのは偏見か?

懐古主義と呼ばれても・・・

白河の清きに魚 住みかねて 元の濁りの 田沼恋しき

この句を僕が知ったのは小学生の頃だったか?家にあった『マンガ日本の歴史』かなんかに書いてあったのがなぜか強烈に印象に残っていて、50歳になった今でもちゃんと覚えている。確か、白河藩出身の松平定信が”寛政の改革”で贅沢を禁止し、節約・節制を徹底してそれなりに成果をあげたのだが、庶民としては賄賂とか汚職とかがちょっとくらい横行しても自由に遊んだり酒飲んだりできてた頃(田沼意次が老中だった時代)のほうが楽しかったなぁ、という感じの歌だ。

わかる!わかるぞ!昭和だろうが平成だろうが令和だろうが、そうなんだよなぁ

話は変わって、ダウンタウン松本人志の性加害報道が出てから1か月、僕はずっと憂鬱な気持ちのままである。子供の頃から大のテレビっ子であった僕にとって「ダウンタウンがテレビで見られなくなるかもしれない」という恐怖、辛さは相当なもので、予防接種の注射を待つ子供のように「嫌だなぁ~、嫌だなぁ~」とため息をついている。

 もちろん、”強制”が事実であって”事件性あり”と認められれば”被害者”のいることなので松ちゃんを擁護することはできない。

 ただテレビでダウンタウンのバラエティが観られなくなるのが本当に憂鬱で・・・もうここまでのスキャンダルになった以上は例え裁判に勝ったとしても以前のように番組を持たせてもらうことは難しいだろう。ということは『ダウンタウンDX』(日本テレビ系列)や『水曜日のダウンタウン』(TBS系列)で松ちゃん浜ちゃん二人が並ぶ姿が永遠に見られなくなるかもしれないということか。はぁ~~~~~・・・つらい。

 確かに今の価値観(コンプライアンス)で言えば、男がH目的で女性を集めて合コン、それから強引にツーショットに持ち込んで「嫌よ嫌よも好きのうち」っていうのはアウト。それが妻子持ちで、芸能界でも地位のある松ちゃんならなおさらアウト。冗談でも「俺の子供を産んで」なんて言ったらハラスメント。昔はセーフだったとしても今はアウト。「強制の証拠はあるのか」「あとになって”実は嫌だった””恐怖を感じた”なんて言われても知らねーよ」「痴漢冤罪と一緒で、女性の証言だけでいくらでも男を訴えて示談金が取れるなんて不公平じゃねーか」と思わなくもないが、一般的に立場が弱いと言われる側が守られるのは必然。

 ただ僕が悲しいのは松ちゃんのボケが、天才が放つ一瞬の閃きが今後一切聞けなくなってしまうこと。音楽でもお笑いでもそうだが、人間はやはり自分と近い世代のものに親しみを感じる性質があるらしい。僕は50代なので、20代~30代の芸人さんのお笑いはちょっと共感が薄いし物足りなさを感じてしまう。そんな中、自分よりちょっと年上(還暦)のダウンタウンが今も第一線で活躍していることは本当に励みであったし、生きがいでもあった。それがもう終わりかもしれないなんて・・・。

1月21日の放送は「ハイテンション・ザ・紅白対抗戦!完結編」|ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!|日本テレビ

繰り返すが、今はコンプライアンスが厳しい時代。価値観も昭和・平成とは全く違う。昔は男性の”お戯れ”、”スキンシップ”、”コミュニケーション”で済んだことが今は立派なハラスメントになり、訴えられても仕方がない。「嫌なものは嫌」と訴えられる女性が増え、”Me,too”と同意する声も続出、それを擁護する社会の声が集まるようになり、男性の勝手な解釈では通用しなくなっている。社会は良い方向、クリーンな方向へと変化してきている・・・。

 

夜、僕は『笑ってはいけない~』シリーズを部屋でこっそり観ながら「笑いにはエロとバイオレンスが必要だよな~」「うんこ・ちんこって、おもろい響きだよなぁ~」「暴露話とか女で失敗した話って外さないよなぁ~」「人が痛がる、驚く、ビビる、泣く、怖がる、嫌がる姿って、なんでこんなに面白いんだろう」「イジる・イジられる関係が成立しているって、なんて幸せなことだろう」なんてしみじみ思い、昔のバラエティを懐かしんでいる。

 今後はサンドウィッチマンのようなどの世代にも好かれる笑い、性別問わず受け入れられる笑い、誰も傷つかない笑いが主流になって、下品な笑い・下等な笑いは一掃されるんだろうな。それで育った世代は昔の芸人やバラエティ番組を蔑んだ目で見るんだろうな。

 「とんねるずダウンタウンがいた時代はそれが普通だったんじゃよ。下品な笑いをみんな面白がったんじゃ。普通に女性タレントのおっぱいとかお尻を触っておったんじゃ。志村けんはサイコーにお下劣で変なおじさんだったんじゃ。今じゃもう放送されんじゃろうが・・・。」

 

ZERO@5章待機勢 on X: "志村けんの空港のコントすこ 特にカンチョウ #志村けん https://t.co/cxcgs2r7ha" / X