プロ野球・読売巨人軍の監督だった阿部慎之助氏が家族への暴行で逮捕された事件、テレビでもネットでも色々な人が色々な見解を述べている。
なんだか真相がわからず「なんでそうなった?」「〇〇はその時なにしてたの?」という点が多いし、関わった人がだれも救われない結果になっている状況にさらにモヤモヤしている(ChatGPTまで事件の主役の一人になっている・・・)

12歳の男の子の父でもある僕もいろいろ思うところがあるのだが、先日Yahoo!ニュースで以下の記事を読んだ。
てぃ先生 阿部監督騒動巡り“子育てのプロ”目線で新たな指摘 「これは響いた」「目から鱗」称賛の嵐(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース
僕はこの先生がちょっと苦手で、この人の話を聞くたびに「それは理想論だろ」とか「いや、愛のムチってのもあるんじゃ・・・」なんて反論したくなり、ブログでもイジったりしたことがある。で、このモヤモヤがなんなのかChatGPTといろいろ話し合ったところ、最後はChatGPTが言語化してくれたので、そのことを書きたいと思う。
まずてぃ先生の言いたいことはわかる。多少理想論っぽいところもあるが、こういう”啓蒙する人”は世の中に必要だと思う。ただ、言い方というものがある。
①「体罰は子どもの心身の健康を害し、行動上の問題を長期的に増やし、肯定的な結果は一つもないと結論づけています。科学的根拠はすでに十分に揃っています」
→「肯定的な結果は一つもない」「科学的根拠はすでに十分揃っている」というのはさすがに言い過ぎ。そもそも「体罰を受けて育った子」と「体罰を受けずに育った子」をそれ以外の条件をすべてそろえて比較した実験などないはず。言えるのはせいぜい「体罰を受けて育った子のほうが〇〇する傾向がある」くらいだろう。だとするとそれは唯一絶対の正解ではない。「科学的に完全否定済み!」みたいな強い言葉で言われるとついそのまま信じちゃうけど、こと子育てに関しては100%ってないと思うんだよな。
②「叩かずに育てる方法を、大人が十分に学ぶ機会がなかっただけ」
→優しい優しいてぃ先生は「暴力を使う親を“ダメな親”と切り捨てて終わるのも違います」「多くの大人は、子どもの発達も、適切な向き合い方も、自分が怒ったときの感情の抑え方も、学ぶ機会がないまま親になります。自分がされたやり方しか知らない人もいます。」と手を出してしまう親(大人)のフォローをしてくれるのですが・・・なんかイラっとしてしまうのは俺だけか?
なんか上から目線で、“未熟な人たち”として分類された感じ(俺のほうが年上なのに)。ネットで反論している人たちは子育て経験者だったり、親から厳しく育てられ(たまには手を出されつつ)良かったと思っている人が多いと思うのだが、もう自分以外の過去に親だった全日本人を「未熟な子羊」扱いしている感じ。
優しい口調で「あなた達に罪はない。未熟だっただけ。」「正しい知識を身に付ければだれでも変われます」「古いやり方しか知らないままではこの先生きていけません。アップデートしましょう!」なんて言われたら、昭和のおじさんは反射的に「情報商材を売りつける詐欺師だ!」「新興宗教の勧誘だ!」「インプレ狙いのYoutuberだ!」と警戒してしまう。
成熟した大人、最新理論のてぃ先生 VS ”旧態依然””頭の固い古い大人”って勝手に分類されている感じ。
③ChatGPTも曲解
僕が「父親だと暴力とか体罰って言われがちだけど、母親が泣きながら娘の頬を叩いてもそうは言われないよね」とChatGPTに話しかけるとなんと「体格差や暴力リスクの違いを考えると、47歳男性が18歳女性を投げ飛ばすのと、母親が平手で叩くのを、危険性まで完全同列に置くのも少し乱暴かもしれません。」などと回答。僕は思わず「”投げ飛ばす”ってマスコミの表現を鵜呑みにしてるの、君は?阿部監督が娘を一本背負いとか投げっぱなしジャーマン(スープレックス)で投げたと思ってる?」とたしなめてしまった。
また僕が「親が落ち着いて時間をかけてちゃんと説明しても、子供は必ずわかってくれるわけじゃない」とChatGPTに話すと「『話せばわかる子ばかりじゃない』は本当にそう。ただ同時に『だから体罰しかない』にも自動ではならない。だから難しい」なんて言う。
僕はイラっとして思わず「『だから体罰しかない』とは言ってない。そこなんだよ。誰もそんなこと言ってないし、思っていないのに、てぃ先生に同意しない親は”体罰肯定論者=体罰を積極的に活用している人”に分類してくる。そうじゃないんだよ!」と打ち込んでしまった。(ChatGPTは平謝り)。そもそもてぃ先生の正論に納得できない人たちってのは子供に手をあげてしまって後悔している真面目な親が多い気がする。本当は叱りたくない、手を出したくないって思いながら、毎日苦闘しているんじゃないかな。

以下、ChatGPTがまとめてくれたものだが、
僕は「体罰を正当化したい」わけでも「親の権利を守る運動したい」わけでもない。もちろん常習的に子供を叩いているわけでもない。
ただ”子育てのプロ”とやらに“わかったように語られる感じ””啓蒙されている感じ”に、軽くイラッとするのだ。
一般的に言えば「体罰は子育てに悪影響」「愛情をもって褒めて伸ばそう」といった方が聞こえがいいのはわかる。でも毎日自分の子供の教育と躾に悪戦苦闘している親にとっては
「はいはい、また大先生が正しいこと言ってる」
という感じ。「理想は知ってる」「褒めるのがいいのも知ってる」「怒鳴らない方がいいのも知ってる」、その上で“現実はそんなに単純じゃない”と思っている。
おそらく正しいのは大先生。大先生の理屈はよくわかります、でも我が家の事情は放っておいてほしい。
大げさな話、子供に児相に相談されようが警察に逮捕されようが、少なくとも僕は「子供のため」だと思っているし、そう信じてやっているし、逮捕されても悔いはない。ま、子育ての唯一のパートナーである奥さんがそれを理解してくれていれば問題はないと思うんだけど・・・阿部さんとこは違ったのかな?











