エンリケに嫉妬しなくなったという話

6月4日放送、フジテレビ系列『ウワサのお客さま』に会社経営者エンリケ(本名:服部理恵)さんが2回目の登場。

ホテル・グランドハイアットの最上階の部屋(1泊120万)にフラッと泊りに来た上に、「このプライベートプールに花を浮かべて写真撮影がしたい」とリクエスト。ホテル側が準備している間に高級セレクトショップで服を爆買いし、高級料亭で旦那の誕生日を祝い、この1日だけで1000万円以上を散財。圧倒的な経済力を見せつけた。

んで、エンリケさんもびっくりなのだが、自分自身の反応がこれまでとあまりに違ったのでびっくりした、という話。

小川えりさんのインスタグラム写真 - (小川えりInstagram)「ウワサのお客さまの放送 改めて観てくれた方達ありがとうだよ😻✨  伊勢丹さんの秘密のお部屋テレビ初公開!は貴重すぎ😭 これさ!モザイクかかってても独特な顔?身体ですぐ分かった人達も多くて嬉しかったよ‪w‬‬ ...

 

僕はアラフィフで派遣社員

貯金もない、持ち家もない、財産というものが全くない男

派遣なのでローンも組めない、クレジットカードも(無審査のものしか)作れない

年金は国民年金なので、お先真っ暗の地獄街道

生活保護確定の妻子持ちだ。

 

んで昔っからひがみっぽい性格で、特に金持ちをひがんでいた。

我ながらおかしいのが、テレビで金持ちが散在する様子を見るのが好きで、よく見るのだがその後決まってひどく嫉妬したり落ち込んだり、その金持ちを罵倒したりするのだ。

そんなにショックを受けるなら見なきゃいいのに、と自分でも思う。

でも金持ちの家とか時計とか車とか会社とか、小型犬を抱いた浮かれた嫁とか我慢をしらない子供とかを見て「バブルで一気に貧乏になれ!」「できるだけ不幸な形で死ね!」なんて悪態をつくのをなぜか繰り返していた。もう20年くらい。

金持ちを相手にしている高級デパートの店員とか高級すし店のことを考えながら「俺らみたいな一般客は店員からすると虫けらなんだろうな」「たかだか1万円の買い物をする虫けら100人相手にするより、上客一人を大事にしたほうがお金使ってくれるしな」

「ああ、俺もあんな金持ちだったらな。でも20代であの金銭感覚だったら今頃どうなってたんだろう?」

「俺も不動産、やれば良かったな。道を間違えたな」

「今から株の勉強すれば、10年くらいしたら追いつけるのかな」

「いや、パソコンも苦手だしな。やっぱり宝くじかな?」

情報商材っての、買ってみようかな?本当にブログ収益だけで金持ちになれんのかな?」

「なんか偶然でもいいから1発当たらないかな?たまたまジャスティンビーバーが俺のブログを見て絶賛するとか、エキストラで出た映画で助演男優賞を獲っちゃうとか、ラーメン屋始めたら意外な才能を発揮して繁盛店になっちゃうとか…」

「ホテルの最上階のスイートに通されてさ、いかにも慣れた感じで”うん、悪くないね”なんて態度とってみてぇな」

昔はそんなことばかり考えていた。

 

が、先日、エンリケさんの爆買いや散財の様子を見ても、僕はかつてのように面倒な妄想をすることはなかったのである。

ひがむことも、落ち込むことも、怒りに震えることもなかったのである。

我ながら不思議なのだが、もう50歳になろうという年齢まで貧乏でいるとこんな風になっちゃうのかもしれない。

20代、30代だったら「俺も一発当てていつかはあんなセレブに」なんて思ったかもしれず、反骨精神の1つも湧いてきたかもしれない。20代、30代でまだ芽が出ていなくてもスキルがあるプログラマー、デザイナー、起業家とかなら一発逆転も夢見るが、50近くなると自分の底も見えてくる。

 

エンリケさんの住む世界と自分の住む世界は今後全くすれ違うことがないので、まるでマンガや映画の世界の話として処理できるようになってしまったのだ。

だって、エンリケさんが利用したホテルを貧乏オジサンの僕が今後利用することはもうないし、ホテルのたくさんのスタッフ、高級料亭の料理長や女将、セレクトショップのオーナーらがエンリケさんにお金を使わせようと動き回ろうとも、それは僕からしたら天上の世界の出来事。それで社会にお金が回って日本経済がよくなるならすばらしいことじゃないか。

仮に今の僕が宝くじで1億円手に入れたとしても

・夫婦の老後の生活のために必要な2000万円

・子供が大学に行くまでにかかる学費1500万~2000万

・老後の持ち家購入2000万円

・老いた両親の介護代1500万円

これ以外に自分たちも大病を患う可能性もあるし、子供が悪さして損害賠償を払わなきゃなんてこともあるし、逆に子どもが「海外留学したい!」なんて言い出すかもしれない。
そんなことを考えていくと、今の自分は1億もらってもそれほどの贅沢はできないことになる。

20代、30代だったら会社の給料・ボーナスもあてになるが、50で財産がない僕はもう老後の生活費でアップアップだ。

 

つまりたとえ宝くじが当たっとしても僕がエンリケ生活になる可能性はほぼゼロ!

今のままならエンリケさんの視界に入ることすらないので、劣等感もほぼゼロ!

すごいような、情けないような・・・

ま、若返ってキャリアを積み上げなおすことはできないからね

質素に生きるしかない。

 

ということで

「若くしてセレブになった人を嫉妬しなくなった」

「”エンリケ”といえばバービーボーイズのメンバー」

が先に浮かぶおじさんの話でした。

 

 

マイクラをあきらめる

我が子が『Minecraft(通称マイクラ)』にハマっている。

そして先日、「パパもやろうよ」とお誘いいただいたのだが、今回、正式にお断りさせていただくことにした。

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Wikipediaによると「Minecraft(マインクラフト)はサバイバル生活を楽しんだり、自由にブロックを配置し建築等を楽しめるゲーム。2011年11月に正式リリース、2019年5月時点でそれまで売上1位だったテトリスを抜き世界で最も売れたゲームとなった

Minecraftはいくつかの賞を受賞しており、影響力のあるビデオゲームの1つとして挙げられている。2020年6月には世界のビデオゲームの殿堂入りを果たした。」とのことである。

 

なんでも世の子供たちはマイクラに夢中で早い子は幼稚園ですでにマイクラを始めているし、マイクラのプロになってデザインをしたり、学校に指導に行ったりしている人もいるそうな。最近ではプログラミングやアクティブラーニングにも利用できるとして学校教育にも活用されているらしい。

 

うちの子は今や暇さえあればYoutubeで実況動画を視聴し、マイクラで自分でも探検をしたり建物を作ったりしている。また友達をうちに呼んで一緒にプレイをしたり、ネットでつないでそれぞれのうちから同時プレイをしたりしている。

ああ、たくましいな、すばらしいな、と思う。

親が教えなくても子供は勝手にやり方を覚えるし、信じられないような指の動きでNintendo Switchのコントローラーやタブレットを操作していく。

小1なのでプログラミングまではできないが、ちょっと学校や塾で習えばすぐに使いこなせるようになるだろう。息子が仕事をする15年後にはICTスキルなんてスキルとも呼べないほど当たり前に身につけているだろうし、早けりゃ10年も待たずに会社作ったりビジネス始めたりしているかもしれない。

すごいな、すごいな。

 

僕はというと、ゲームの類を極端なくらいやらない。

今時、僕と同年代のアラフィフのおっさんですらケータイゲームくらいはする。

でも僕はまったくやらないのだ。

僕が小学校の時、初代ファミコンが発売。クラスメートは誕生日やらクリスマスにファミコンを買ってもらい、カセットを貸し借りしていた。

我が家がファミコンを買ってもらえなかった。最初のうちは友達のうちに遊びに行ってやらせてもらっていたが、交代で遊ばせてもらっても僕が3分もしないうちにゲームオーバーとなり、持ち主の友達が20分くらいやるもんだからそのうちつまらなくなってそいつとは遊ばなくなってしまった。

大学に入ってバイトもはじめ、自分のお金でゲームが買えるようになった。プレイステーションが発売されたころで、「プロレスゲームやりてぇなあ」と思ったこともあったが、結局買わなかった。なんかゲームにはまって抜け出せなくなるのが怖かったのだ(代わりにAVにはまって抜け出せなくなったが)。

その後社会人になってもゲーム機を買うことはなかった。それなりに忙しかったし、とりたててやりたいという衝動にも駆られなかった。友だちも少なかったということもあるが、ゲームをやらないと仲間に入れないという状況もなかった。

スマホでもゲームって・・・やらないんだよね。

やらなさすぎて、「何がおもしろいの?」という感覚。

その結果、コミュ障で機械音痴で、オタクでもなく、これといった趣味も特技もないというなんとも厄介な男となってしまった。

だからか家族の中でも孤立している。

 

で、新型コロナウイルスの感染防止のため巣ごもりをするというのでNintendo Switchを買った矢先に飛び出たのが冒頭の息子からの勧誘だった。

僕は固まった。

親子の絆を築くために、一緒にゲームをやるというのも悪くない

老後のために趣味を持つのもいいことだ。

せっかく息子が声をかけてくれたんだし、子供の頃からコンプレックスでもあったゲームを始めるいい機会だ。

でも・・・マイクラって・・・何がおもしろいん?

 

何事も慎重を期す性格の僕は、ネットでマイクラのことを検索。

なんとなく概要をつかんだ。

イクラの内容、進め方、ゲームの魅力、教育的価値など様々なことが書いてあったが、僕の目に留まったのは次のような解説だ。

「マイクラにはゴールがない。目的もない。何をしても自由」

「やり方の説明もないので自分でネット動画などで調べる必要がある」

ああ、なるほど。

素晴らしいな。これは学校教育にも使われるわけだ。

このゲームを通して自由な発想でモノづくりをしたり、仲間と協同したり、コミュニケーション能力や論理的思考、俯瞰的視点を学んだり、文明の発展に思いをはせたり社会のルールを学んだりするんだろうな。

時にゲーム内で失敗することがあってもそれが人生、うまくいかない時はよく調べ、同じ失敗を繰り返さないように準備したり、対策を練ったりする。

息子よ、お前も学べよ。

イクラの世界でお前は自由だ。何をしても、何を作ってもいい。

あくなき探求心、冒険心で前に進め。

仲間と助け合って、より広い世界を見て来いよ。

 

でも俺はそれに付き合うほど暇じゃないから

ゲームする暇があったらテレビ見たりYoutube見たり、ブログ書いたり勉強したり自家発電したりするわ。

すまぬ。

鈴木奈々2021

日本テレビ系『マツコ会議』にタレントの鈴木奈々が登場

鈴木奈々はテレビの出演が最盛期と比べて激減している現状を嘆くが、もともと彼女を高く評価していたマツコさんに「全員に好かれる人間にはなれない(中略)何も言ってはくれないけど、テレビの前で喜んでくれている子供たちとかを信じた方が良くない?」と諭された。

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ちなみに、僕もずっと前から鈴木奈々さんを評価していて、2012年、2013年に次のようなことを書いている。

なんで鈴木奈々に・・・ - Yamazy2019’s blog (hatenablog.com)

小森プロデュース - Yamazy2019’s blog (hatenablog.com)

鈴木奈々は女性版”出川哲郎”になりうる唯一の女性だ。

その才能は追随を許さない。

 

女性芸人の親分格・森三中の大島さんは鈴木奈々のリアクション芸を見て涙を流しながら悔しがり、全く動けなくなってしまった。

「なんであんな面白い動きができるの・・・」

 

最近の女性芸人は肥満化が進んでおり、思ったように体が動かせない人が多い。

森三中、たんぽぽ、おかずクラブガンバレルーヤゆりやんレトリィバア、渡辺直美、第7世代でもぼる塾や3時のヒロインなどなど。

または知的なイメージを保ち、そもそも体を張らない女性芸人も多い。

だからだれも鈴木奈々ほど跳び跳ねることも派手にすっ転ぶことができない。

もはや伝説になりつつある「オールスターTBS感謝祭」の”ぬるぬるトレジャーハンター”

ローションまみれの階段の上のお宝をだれが一番に獲れるかを競うゲームだが、出場する女性芸人・タレントの本当の狙いは”いかに目立てるか”

このゲームにおいて女性芸人は日ごろの不摂生がたたり、ほとんど動けない。

その中を鈴木奈々は持ち前の運動神経を活かして猿のようにするすると登っていく。

そして機を見て周りの芸人を巻き込みながら一気に転落していくのだが、この時に足が豪快に開脚して見事なおもしろポーズでカメラに収まるのである。

これが日本で唯一出来るのが鈴木奈々なのである。

あの身体能力、身体操作能力、身体表現力こそ鈴木奈々の真骨頂。

”バラエティ界の女王”と言われる由縁である。

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その実力は業界人は誰しもが認めるところであろうが、鈴木奈々本人は現在の自分の状況に大きな不安を感じているというのである。

2020年は新型コロナウイルスの流行があり、TBS感謝祭のような大型特番はもちろん、どっきりのロケもできず、バラエティ番組ではリモートでのコメント力・対応力が求められた。おのずと鈴木奈々の魅力が発揮できるシーンが減ってしまった。

また藤田ニコル池田美優、生見愛瑠ら若手ギャルモデルの台頭、滝沢カレンの爆発力、第7世代の女性芸人の活躍にあせりを覚えるのもわかる。

かつては「鈴木奈々おそるべし」と自身が恐れられる存在だったが、32歳になった現在は30代女性に人気(?)の田中みなみを目指してトレーニングをし、ランジェリー写真をインスタに載せるなど路線変更を試みたり、池田美憂(みちょぱ)がバラエティで重宝されている現状をうらやんだりしているらしい。

この路線変更についてはマツコさんも明確にダメ出ししていたが、僕も完全同意だ。

鈴木奈々の目指すべきは島崎和歌子さんや井森美幸さんのいる方向、もしくは出川さんの方角だ。

だがリアクション芸や愛すべきいじられキャラで50代を迎えた女性芸人(女性タレント)っていただろうか?おそらく誰もいまい。

鈴木奈々の前に道はない。鈴木奈々の後ろに道はできる。

きっと彼女に求められるのは、常にエネルギッシュ、つねにバカでうるさい、国民的いじられキャラだ。

もちろんこれまで通り「うるさい、目障り、見たくない」という声は上がり続けるだろうし、今後は「過去の人」「衰えた」「おばさん」といった声も上がってくるだろう。だがその先に女・出川哲郎への道が拓けている。

40代になっても、50代になってもバラエティのひな壇の後ろでギャーギャー騒いで邪険に扱われるおばさんがいたら、世の中楽しいと思う。

視聴者はバラエティ番組に話芸の達人のような憧れの存在を求める一方で、蔑み、見下せ、罵倒できる存在も求めている。

マツコが言った「”嫌いなタレントランキング”に名前が挙がるのは”好きなタレントランキング”に名前が挙がるのと同じ価値」というのはそういうことだ。一番恐れるべきは世間の無関心だったり、視聴者の心を揺さぶれないことだ。

 

女性なので「女性に好かれたい、憧れたい、女性ファンを増やしたい、応援コメントがほしい」という気持ちはわかる。

鈴木奈々は考えも浅はか(おバカさん)なので、流行りものにすぐ飛びつきたくなるのもわかる。それも含めて

Keep Foolish(バカであれ!)

全盛期のようにはいかないだろうが、十分生き残れると思う。

そのためは

①けがをしない体づくり

⓶遠慮なく投げ飛ばしてくれたり、いじったりしてくれたりする共演者とその関係づくり

③ご主人の理解

が必要かと思う。

 

ま、鈴木奈々が頑張っているなら・・・俺も頑張らねば

 

『うっせぇわ』を言われる側に

我が子にもついに「うっせぇわ」と歌い返す日が来た。

先日、オンライン学習が終わってゲームを始めようとしていた息子に妻が「先に宿題をやっちゃいなさい」と声をかけたところ、楽しそうに「うっせぇ、うっせぇ、うっせぇわ♪」と返してきたのである。

在宅勤務中にブログを書いてちょいサボ中の僕は思わず「おっほぉ~、これが!」と唸ってしまった。

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ワイドショーやら週刊誌では「子供に聴かせたくない/歌ってほしくない」「何を言っても”うっせぇわ”と返される」「意味をちゃんと理解せずに面白がって乱暴な言葉を使うようになってしまう。教育上よろしくない!」といった親の声を紹介し、それをコメンテーターたちが「私は子どもの気持ち、わかるよ!」とばかりに擁護する。

まあ、我が家は小学校1年生だし、反射的にサビのフレーズだけ繰り返しているだけなので”反抗”というよりは単なる”ギャグ”といった感じなのだろう。

でも…歌詞全体を見てもそれほど目くじらを立てて怒るようなものだろうか?

若いお母さん、お父さんなのかな?

 

というのもアラフィフの僕は尾崎豊なんかを聴いて育った。

”大人”とか”先生”ってのは子どもの気持ちを理解しようとせずに”社会のルール”を使って子どもを束縛し、価値観を押し付けるものだ。

だから子供は先生・大人・社会・ルールに反抗し、酒浸りで小太りのサラリーマンや教育ママを蔑むものなのだ。それが尾崎が教えてくれたこと。

僕も子供の頃優等生を演じつつ、心の中で尾崎を歌い大人になった。

浪人・フリーター・ニートを経てなんとか契約の仕事と嫁を見つけ、父親になった。

気づけば子供の気持ちがいまいち理解できず、周りの目を気にして子供を叱り、子供にルールや勉強を押し付けることもしているのだが、もともとは僕だって思春期に「うっせぇわ」と思っていた子供だった。

ん~、困ったもんだ。

 

尾崎世代は「うっせぇわ」という若者の気持ちが理解できる。

冒頭の歌詞も『ギザギザハートの子守歌』へのオマージュかな、なんて懐かしく思っている。

「そうそう、あの時代って大人が汚く見えるし、社会が窮屈に見えるんだよな」と理解してあげたいし、「おじさんも君たちの気持ちがわかるぞぉ!」と肩を叩いてあげたい。

でもそんなことをしたらきっと「はぁ?うっせぇわ!」と言われるだろう。

だって僕はもう”そっち側”の人間だから。

別に自分の子をいい学校に行かせて、いい会社に入らせたいわけではない。自分が好きなことをやったらいいと思うけど、やはり自分の子が「クラスで一人だけできない子」とか「クラスで一番できない子」みたいになるのは可哀そうだ。どうしてもちょっと世話を焼きたくなるし、声をかけたくなる。

新入社員に「新聞読め」とか「酒を注げ」なんて言うつもりは毛頭ないが、「報・連・相は大事だよぉ~」「あいさつはしっかりしよぉ~ねぇ~」「一回くらい飲み会に参加してみるのも楽しいよぉ~」くらいは言いたくなるかな?

 

はあ、これは輪廻だ。

親は子を、先生は生徒を、大人は子どもを思い、一言いいたくなるものなのだ。

別に偉そうにしたいわけじゃない。やりたくない気持ちも痛いほどわかる。

なんなら自分たちも若い頃けっこう遊び惚けた。だからわかるのだ。「今やったほうがいい!社会に出たら苦労するから!」

だけど子側・生徒側にしたらどれも「うっせぇわ」なのだ。

「いや、本当にこれは親心なんだって。君たちのことを思ってだね」

「俺もそれで苦労したんだって。大人になったら君たちも同じことを言うんだって」

それでもやはり若い人にとっては「うっせぇわ」なのだ。

 

ま、仕方ないよな。

僕が子供の頃に大人だった人も同じ気持ちだったのかな?

まあ、これも輪廻。

言われておこう”うっせぇわ”

『オモウマい店』に我思う⓶

中京テレビ制作の『ヒューマングルメンタリー オモウマい店』を見ていて思う。

やっぱり僕はこのテの店は苦手だ・・・。

”オモてなしすぎて、オモしろい、うまい店”を紹介するこの番組、最初は単に安くて量が多い店を紹介するだけの番組だと思っていたが、この番組の面白さは何といっても”クセの強い店主”である。

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茨城県日立市の中華料理屋『珉珉』の鈴子ママは会計時の端数をおまけしてくれるのだが、それを断ろうとすると「いいから!騒ぐんじゃねーよ。」「ふざけんじゃねーよ!しまえ!早く!」とドスをきかせて頑として小銭を受け取らない。口は悪いが気前がいい。言葉は汚いがどこまでも優しい。もはや番組名物ママだ。

 

また同じく茨城県つくば市の喫茶店クラレット』のママは言葉遣いに滅法厳しい。撮影に来た女性ディレクターが「うまい」なんて言おうものなら「いい大人が”うまい”なんて言葉を使っちゃダメ!ちゃんと”おいしいです”って言わないと恥ずかしいよ」と即座に叱る。一方で常連客である筑波大学の学生には滅法優しく、大会が近い運動部の学生には「のど飴でも買え」とお金を渡してしまう。

*ちなみに私も学生時代何度か行ったことがあるのだが、おじさん、おばさんに厳しいイメージは全然なかったな。

 

こうした名物店主・おかみには共通点がある。

・妙齢(じじいorばばあ)

・口が悪い、時にけんか腰

・とにかく食べさせたい、おごりたい、ごちそうしたい

・客が満足しているかどうか心配→メニューにないものをどんどんおまけする

・採算度外視、儲けなしか赤字(を年金や食材寄付で補填)

・ほとんど休まない

・量の概念が狂っている

・客を親戚扱い

・最初は怖いが付き合ってみると気が良くて世話好き

 

一番やっかいなのは最後の「最初は怖い」が「実は気が良くて世話好き」ということ。

中京テレビのディレクターは普段取材を受けないような店でも飛び込みで取材交渉。最初は「うちは見せられるようなもんはないよ」と断られても何度も通い頼み込む。そのうち店主と仲良くなり「車で送ってやる」という流れになり、取材OKをもらうようになる。

取材をしてみると例の口の悪さが爆発。「”うまそう”じゃねえんだよ。うまいんだよ!」「『じゃあアジでいい』だと?”じゃあ”って言われるほど不味いもんは出してねぇんだよウチは。なんだ”じゃあ”って。バカ野郎」

しかしさらに密着取材をするうちに店を手伝わされるようになり、数日間の密着取材が終わる頃には店主から「寂しいな。結婚式の披露宴に呼べよ」なんて声をかけられる。

放送日にはまた店に向かい、店主と一緒に放送を見る。その頃にはすっかり親分・子分の関係ができていて「こいつが撮ってくれたんだよ!いい男に映ってんべ!」「〇〇ちゃん、ありがとね。これでみんなにジュースでも買ってやんな。あ?騒ぐんじゃねーよ。受け取れ、いいから!」

これぞ「ヒューマンドキュメンタリー」の真骨頂であり、製作費はないが時間はある地方局ならではの番組作りである。

 

本当に見ている分には心が温まる名シーンの連続。

が、小心者の僕はこれができない。

「ばかやろう!」なんて言われたら「ひっ!」と悲鳴を上げて二度と近づかないだろう。心の傷は何年も残り、寝ていても店主の顔が浮かんでノイローゼとなり、トラウマになるだろう。

中京テレビの若いディレクターさんは本当に大したものである。アラフィフの僕よりもずっと怒られ慣れていないであろう世代の若い人が、飛び込みで強面(こわもて)の店主に取材交渉したり、怒鳴られたり、店を手伝ったりするのだから。そりゃあ頑固者の店主だって心を開くわ。

 テレビ制作が仕事とはいえ、こういう試練を乗り越えて面白い番組を作る若い人がまだいることを生粋のテレビ好きとして嬉しく思う。

 

きっとこの手の店は令和には受け入れられない。個人店とはいえ客に乱暴な言葉を使おうものならSNSで叩かれて終わりだし、そもそも若い人が寄り付かない。番組放送後しばらくは冷やかしで客が集まるが、大繁盛店として何年も客足が途絶えないなんてことにはならない。

が、この番組に出てくる店は初めから儲けようという気もないし、常連客で成り立っている。そもそもネットを見ていないから何を書かれても気にしない。こんな店はもう新たには生まれないだろう。この番組は日本遺産のアーカイブだ。

 

最後に、この番組を見てわざわざ店主に怒られにいく視聴者が結構いるというのだから驚きだ。

「ばかやろう」を喰らいに行き、わざと怒らせたりするらしい。

まあSNSのネタ探しか冷やかしなんだろうけど。

ドMなんだかドSなんだか・・・

 

『オモウマい店』に我思う①

中京テレビ制作の『ヒューマングルメンタリー オモウマい店』という番組にハマっている。

”オモてなしすぎて、オモしろい、うまい店”を紹介するこの番組にもう釘付けなんである。

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最初は「単に激安大盛りの店」を紹介するだけの番組だと思っていた。

夕方のニュース番組で6時過ぎくらいに「サラリーマンに大人気の定食屋」や「激安の人情食堂」といった特集が組まれることがあるが、その寄せ集めのような番組だと思っていた。

番組の作りも地方局だからかかなり雑で、1つの店の紹介が終わったかと思うとすぐ次の店のVTRに代わる。ゲストが感想を言う間もない。というかこの番組、食レポもなければ試食もない。凝ったナレーションもなければ演出もない。

全国ネットの番組制作に染められた僕は最初はなんともいえないチープ感に戸惑った。

全国放送進出1回目・2回目は「ラーメン200円」とか、「チャーハン特盛400円」とか、衝撃的な値段と量を誇る店が次々と出てきたのだがワンコインで超大盛の店はそうそう見つかるわけもなく、3回目以降は「量はすごいが1200円」とか「これだけの食材を使って1800円!」なんて店も出てきた。MCのヒロミさん、小峠さんは「安ぃ~」「旨そ~だな、これ食いてぇ~な~」、ゲストの女性陣は「いくらだろ?2800円くらいかな?」なんてわざと高めの値段予想をしたりしてなんとか盛り上げようとするのだがちょっと白々しい。こういった店の店主は口を揃えて「大盛りだとは思っていない。普通」「少な目になんて作れない。申し訳ない」なんてことを言う。

正直、とても食べきれないほどの超大盛を1800円とかで出されるくらいなら3分の1の量でいいから安くしてくれ、と思う。

 

僕は昔っから大食いの類は大好きで、テレビ東京の『TVチャンピョン』から最近では『有吉ゼミ』(日本テレビ系)まで見続けている。

学生時代は体育会系だったので僕自身も大食いに自信はあったし、テレビを見ていても「これくらいなら俺でもいけるんじゃね?」なんてことを考えながら見ていたものだ。とにかく安くて量が多い店が大好きで、30代までは無茶して食べてたな。

そんな僕ももうアラフィフ。『てんや』の天丼(500円)を完食しただけで少し胸焼けするお年頃になった。

だからさすがに今は大食い番組を見ながら「俺でも食えるよ」なんて思うことはないし、大盛りの店に行きたいなんてことも思わない。それでもこの手の番組を見続けるのはやはり見ていて気持ちがいいからだ。おいしそうにたくさん食べる人を見るのは実に気持ちがいい。

なんか自分でもオジサンさんになったなぁ~と思う。でも仕方ない。

年齢的にもおじさんだし、子供を持つとなおさら店主の気持ちがわかる。

仮に僕が飲食店をやっていて、食べ盛りの学生さんがいたらやっぱり「たくさん食わせたい」と思うだろうな。

なんなんだろう?あの気持ちは。

うちの子が偏食でガリガリなのでその反動かもしれないし、いい大人が子供にケチだと思われるのも癪だし、自分も学生時代安い値段でたくさん食べたかったし…。だからこそたくさん食わせたい。今は『オモウマい店』の店主の気持ちがものすごくわかるのだ。

 

そんでこの『オモウマい店』の店主が揃いも揃って癖が強い。

よくこんな人が残っていたものだと思う。それについてまた続きを書こうと思う。

 

林修先生の賢い生き方

林先生、うまくやっとんなぁ~

僕も教育関係の仕事をしているので、つくづくそう思う。

林先生、うまくやっとんなぁ~

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林修先生は言わずと知れた予備校教師兼タレントである。

(詳しくはWikipediaを参照:林修 - Wikipedia

今やテレビのレギュラー番組が9本、うち冠番組が5本、押しも押されぬスターである。

一介の予備校教師であった林先生が、テレビの冠番組を何本も持つ売れっ子になるなんて誰が予想できただろう?

2009年に例のCMが始まり、2013年に新語・流行語大賞を受賞した当時はだれもが一発屋だと思っていた。

特に見栄えがいいわけでも、トークがうまいわけでも、キャラがたっていたわけでもない林先生。もちろん東大卒で頭はいいのであろうが、新進気鋭の若手起業家でもなければ、めちゃめちゃ頭の回転の早いIT社長というわけではない。元官僚や大学教授、MENSA会員の脳科学者や美人医師なんて人に比べたら肩書も地味な”予備校教師”。
とりたてて何かすごいものがあるとは思えない人のはずだった。

その林先生が入れ替わりの激しい芸能界で飄々と生き残り、ましてや冠番組まで持つとは…人の人生はわからないものである。

 

では何故、その林先生が数ある知識人の中でテレビの冠番組を持つほど売れっ子になったのか。それを考えてみたいと思う。

①勉強に特化

予備校教師の林先生は自分の能力と経験が生かせる土壌が勉強・知識(特に国語)であることをよく知っている。そしてこの”勉強”とか”知識”というコンテンツは実に普遍的なものなのである。

クイズ番組はいつの時代でも一定の人気があるし、東大生がクイズに答えるだけの番組だってある。

僕は『ネプリーグ』(フジテレビ系)や『ミラクルナイン』(テレビ朝日系)のような一般常識クイズが好きで、これを継続的に見ることで脳トレをしている感覚である。一度は覚えたこと、知っていることを思い出せた時の喜び、自尊心がなんともいえず快感なのだ。

 一方で『東大王』『Qさま』といった頭のいい人が答える番組はほとんど見ない。答えを考えてもわからないし、答えを知っても「ふ~ん」「これ覚えて何になるの?」「世の中には頭のいい人もいるもんだ

で、林先生は『ネプリーグ』のレギュラーなのだが、常識クイズや受験に出た漢字など自分の最も得意とする分野のクイズを解答者として解いたり、先生として解説したりしている。「名門私立中学に出題された漢字問題」について解説するなら確かに予備校教師の林先生以上の人選はないだろう。

 そして林先生はクイズの解答者にまわった時も人を選ぶ。基本的に東大生や高学歴タレント、頭脳明晰芸能人たちと勝ったり負けたりしながら切磋琢磨するのを好まない。林先生はいつも”先生”なのである。先生の立場で生徒と対戦する構図になる。『林先生の初耳学』(毎日放送)なんてその構図だ。”林先生、これ知ってる?よし!先生が知らない問題を出せたぞ!”。これで番組が成立している。
  自分が輝ける場所を完全に理解しているのが林先生のすごさだ。

⓶他分野に手を出さない

 林先生は間違いなく”知識人枠”である。普通この立場にいる人はワイドショーでコメンテーターを頼まれたり、なんなら政治家や大学教授として担ぎ出されたりするものだ。しかし林先生は絶対に政治は語らない。オリンピック開催問題も新型コロナウイルス問題も語らない。芸能人のスキャンダルさえも語らない。なんなら教育問題も語らない。「ゆとり教育・ICT教育・STEC」「ゆたぼんの不登校」など教育だけでも語れそうなことはありそうだが、林先生は手を付けない。受験一本。

 最初から興味がないのかもしれないが、おそらく”君子危うきに近寄らず”なのだと思う。だからボロが出ない。余計なことを言って炎上することもないし、敵を作ることもない。自分は予備校教師であることを自覚し、それ以外の分野に口を出さない。だから息が長い。

③破天荒と多趣味

 林先生は意外に破天荒である。教師という仕事は堅実な人がするようなイメージがあるが、林先生は破天荒エピソードが多い。頭のいい破天荒なのである。

 例えば東大を出て大手銀行に入るも半年足らずで退職。その後起業、投資、ギャンブルの失敗で1800万円の借金を作ったりしている。それからたまたま紹介されてなった塾講師から今の地位を築いたが、今でもギャンブル大好き。ギャンブルのために仕事をしているとさえ語っている。そして競馬好きがこうじて競馬番組を持つようになったという。

 ただのまじめな教師だったらここまでにはならなかっただろう。いい意味で不真面目でいい意味で遊び人。それが全て”いい目”となって出ている。野球も大好きなのでそのうちまた番組を持つかもしれない。

④いまや無双

 今や『世界の果てまで行ってQ』(日本テレビ系)を超え、日曜夜の視聴率No.1となった『ぽつんと一軒家』(朝日放送テレビ)。僕の両親も毎週欠かさずに見ているので僕もなんとなく見ているのだが、所ジョージさんと一緒に番組を進行しているのが林先生なのである。この番組での林先生の役割は完全に”番組進行”と所さんの話し相手。僕はいつも「なぜに林先生?局アナでいいよね?というか朝日放送としては局アナがいいよね」と思うのだが、なぜか林先生なのである。そして所さんの隣のポジションをいいことに楽な仕事をしている。

 が、きっと所さんは林先生にシンパシーを感じているはずである。仕事にガツガツしていない、テレビにガツガツしていない林先生は所さんにとっても居心地のいい存在なのかもしれない。

 もうこうなってくると”何でもあり”である。自分の専門分野(”受験””知識””解説”)でもお金が取れて、趣味でもお金が取れて、人柄でもお金が取れる。なんなら「知らない(知識がある)」「(競馬の)予想が外れる」「意外に破天荒」でも喜んでもらえる。もはや”無双状態”である。


ここまで書いたが「じゃあ、林先生の何がすごいの?」と言われてもやはり特筆すべきところはないのである。テレビは本来は”何かしら特筆すべきものがある人”が出られる世界である。が、林先生は自分のやりたいようにやり、生きたいように生きたら周り(テレビの世界)から重宝されてしまった人である。仮にテレビで飽きられたとしても「また予備校教師をしながら家庭にお金を落としつつギャンブルしよう」と考えると思う。

ああ、林先生、うまくやっとんなぁ~