また些細なことで嫁と喧嘩になった。
これで今年3回目か?
3ヶ月に1回くらいの割合でこういういざこざが生じる。
今回もきっかけは些細な、些細なことだった。
そのとき、僕はあくまで”仕事”でドラマを見ていた。
ドラマの中の台詞を調査したり、登場人物の出演シーンを数えたり、ドラマの1シーンをプレゼンで見せるために、どのシーンを切り取るかなどを考えたりするのが、今回の特殊任務なのだ。
僕は元来、ドラマは見ない。
「作り話など、実際の生活には何の役には立たない」というのが僕の持論なのだ。
が、仕事とあれば仕方ない。
僕は90分間、画面を凝視しながら、来るプレゼンの案を練っていた。
すると、ドラマに集中しているのを珍しく思ったのか、嫁が僕に「おもしろい?」と訊いてきた。
僕は嫁が放つ、この「おもしろい?」が苦手だった。
これまでも何度か「おもしろい?」と聞かれたことがあった。
僕が『笑点』を見ながらゲラゲラ笑っていると、イマイチ笑いどころがわからない妻は「おもしろい?」と聞いてくる。
また、ある時は僕が芸人の暴露トークなどでゲラゲラ笑っている。
すると嫁はテレビではなく、パソコンの画面を見ながら僕に「おもしろい?」と聞いてくるのだ。
それがあたかも「何がそんなに面白いのだ?」「くだらない!あんな低俗なものをよく喜んで見ていられるな」と言われたように感じ、僕は「カッ」となる。
しかし、これまでは耐えてきた。
が、仕事で見たくもないドラマを見ている時に放たれた「おもしろい?」には我慢がならなかった。
思わず「おもしろいわけねーだろ!!」「その聞き方やめろ!日本語の使い方おかしいわ!」と怒ってしまった。
言ってすぐに「しまった!」と思ったがもう遅い。
嫁は僕が怒ると、へそを曲げ、これがなかなか治らない。
僕をにらみつけた後、そっぽを向き、自分の世界に入る。
そして台所で洗い物をしたり、風呂に入ったりするのだが、その動作が明らかに怒りに満ちている。
乱暴にお皿をガチャガチャ積み上げる音、お風呂の戸をバタンと閉める音、ドスドスを歩く音が、ことの大きさを物語っている。
これは参った・・・
前回は2日ほど口を利いてくれなかった。
だから今回は早めに処理をしておきたいのだが、相手が冷静になってくれなければ聞く耳も持ってくれない。
僕は嫁がシャワーを浴びている間に、話す順序を整理することにした。
なぜ、先ほど僕は声を荒げたのか。
僕はおそらく「感情を探られるのか好きではない」。
さきほどの「おもしろい?」もそうだし、「怒ってる?」「うれしい?」「つまんないんだ?」というのもそうだ。
事実、そう思っていても、言葉で確認されるのがイヤなのだ。
僕はつくづく日本人だな、と思う。
楽しく見ているテレビでも「楽しい?」と聞かれたとたん、心のシャッターが閉じて、つい「別に・・・」と答えたくなってしまう。
イライラしている時に「怒ってる?」と言われれば、怒りは倍増し、口からは「別に!怒ってねーよ!」という言葉が出てくる。
なんならエッチの最中に「気持ちいい?」と聞かれるのも悔しい。
気持ちいいから逆に悔しい。
素直に言えばいいのだろうが、それがなんかもう・・・気恥ずかしいのだ。
よくよく考えれば、素直じゃないな、とも思う。
韓国人の妻が理解できないのも無理はない。
が、これはもう瞬間的にそうなってしまうのでしょうがない。
これからは「感情を探るのはやめてくれ」というしかない。
すると妻は相変わらず仏頂面のままで風呂から出てきた・・・
僕は頭の中で整理したことを、できるだけゆっくり
できるだけ冷静に、でもなぜか少しヘラヘラしながら妻に伝えた。
ヘラヘラしたのは不本意だったが、なぜかそうなってしまったのはしょうがない。僕はヘタレなのだ。
僕はちゃんと謝ったし、事情も説明した。
これからはいきなり怒ったりしないことも約束した。
これで妻は機嫌を直してくれる・・・・・はずだった。
が、妻の表情は一向に緩まず、厳しい表情を保ち続けていた。
そして妻は自分の考えを怒濤の勢いで述べ始めた。
「友達ならいざしらず、夫婦がお互いの気持ちを確かめ合うのがそんなに嫌なのか?」
「夫が楽しんでるのがうれしいから、それを共有したいがために『たのしい?』と聞くのはそんなに悪いことなのか?」
「これまで何も言わなかったじゃない!映画見たときも『面白い!』って言ってたじゃない!」
「これから私は自分の作った料理の感想も聞けないのか?」
ここで僕は思わず「あ、それは大丈夫。だって味は感情じゃなくて、味覚だから」なんて口を挟んでしまったからさあ大変。
男の冷静な頭の中では論理的に正しくても
感情にまかせた女性の頭には下手な屁理屈にしか聞こえない。
「”おいしい”は大丈夫で、なんで”うれしい”はだめなんだよ!」
「どれがいいかなんてわかんないよ!そんなことで怒ってたら、あたしは何て声をかければいいかわからんないよ!」
「あたしは日本人じゃないんだから、日本語の間違いで怒られるのが一番嫌なんだよ!完璧にできるわけないでしょ!」
「この前も『すぐに怒らない』って言ったのに、これで何回目よ?止めてって言ったでしょう?優しく教えてくれればいいのに、もうなんて話しかければいいかわかんないよ!」
僕は心の中では「いや、そんな大げさに考えなくても・・・だってその、感情を探られるの以外は問題ないんだし・・・」と思っていたが、口には出さなかった。
嫁が怒りだしたら、どんなに冷静に、論理的に反論しても逆に火に油を注ぐだけだ。
嫁「あたしはね、あんたには何の文句も持たないよ。もってもしょうがないと思うからね。夫婦は相手のことを受け入れないといけないと思ってるからね。だから何も要求はしないよ。でも、あんたは『あれはするな、これをするな』という。そんなことをずっとやってたら、苦しくて何もできなくなるよ。夫婦でいる意味がなくなるじゃない!」
それについては僕も一言いいたかった。
僕からしたら、お互いに「こうしよう、これはやめよう」とお互いの意見を言い合うのは、今後の夫婦生活にとってはプラスの作業なのだ。お互いに無用な衝突を避けるために、少しずつお互いのことを話していくのは新婚生活を前向きに進めているつもりなのだ。
そう僕の結婚指南書『話を書きない男と地図が読めない女』にそう書いてあったのだ。
妻が感情的になっているときには反論しない。
また、妻にも男の思考というものを理解してもらうために、ぜひ読んでもらいたいと思って結婚前にこの本を渡し「読んでおいて」と言ったのであるが、案の定、読んでくれなかったようだ。
今回も長引きそうだ・・・・