それはなんとも目障りな男だった。
仕事に疲れ、生気を失った乗客で埋めつくされた中央線
僕の目の前に座っている30前後の小太りめがねのサラリーマンは、そこがまるでゲームセンターかのように、一人白熱のプレイを繰り広げていた。
それはとある木曜の夜
僕は新宿発の下り電車の吊革につかまり、韓国語の単語帳をめくりながら勉学にいそしんでいた。
車内には生気の抜けたサラリーマンがマヌケな面をさらしながら居眠りをしていたり、携帯やスマホの画面をぼんやり眺めていたりと、さまざまな人間模様を見せていた。
この車内でまともなのは、日本人の鑑のように勤勉な僕、数独にいそしむおっさん、そして僕の隣でユーキャンの教材を読んでいるOLさんくらい。
僕は「ああ、一日の疲れがピークに達しているこの帰宅電車の中で勉強をしている俺って・・・すごいよな~・・・偉いよな~・・・神様はちゃんとこの姿を見て、ご褒美にBIG一等6億円でも与えるべきだよな~」などと自分を褒めつつ、勉強するフリを続けていた。
そんな中に一人、異常なまでにエネルギーを発している男害がいた。
それが目の前にいる中肉中背小太りメガネサラリーマンだった。
この男
あきらかにシューティングゲームをしている。
携帯ゲーム機のボタンをせわしなく押すカタカタという音が妙に耳障りだ。
ボタンを押す音も耳障りだが、それ以上に小刻みに動かす指、異常な熱気、必要以上の集中力、腕や肩に込められた力、
= 目障りだ・・・ =
なんなんだよコイツ・・・
おとなしくクイズかパズルでもやってろよ
電車の中で盛り上がってんじゃねー
僕はなんとなくイライラしはじめていた。
なんだろう?
僕のこのイライラは?
確かに僕は幼少期にファミコンを買ってもらえなかったので、昔からゲームをしている奴に対する敵対心は相当あった。
それは自分の金でゲームが買えるようになった今でもある。
が、今日のイライラはそんな小さなことではないようだ。
僕は目の前の単語帳が全く目に入らず、この男を観察し続けていた。
ただのオタクではなさそうだ。
一応、ちゃんとしたサラリーマンらしい。
イライラの理由の第一は、おそらくそれだ。
ちゃんとしたサラリーマン。
それがイラつくのだ。
それは僕がちゃんとしたサラリーマンじゃないから。
一応背広に身を包んではいるが、僕は偽物だ。
だから普通に正社員として働いている人にコンプレックスがあるのだ。
ちゃんとサラリーマンをしていながら、ゲームをしているのだ。
それがまたムカつくのだ。
産経新聞を読んでいるサラリーマンも、それはそれでストレスなのだが、
まんが、ゲームに没頭しているサラリーマンは実に腹が立つ。
= おれのほうががんばっているのに・・・ =
で、この男、ゲーム機にイヤホンをつけて音ありでゲームを楽しんでいるが、
よく見ると首の回りにもう一つコードがあり、それが胸の内ポケットのウォークマンへとつながっている。
さらに膝の上には買いたてピカピカのスマートフォンの姿が!
スマートフォンがあるならゲームも音楽もできるだろうがぁ!
どんだけ娯楽に金使う気だよこのゆとり野郎!!
僕が会社の面接採用担当で、こいつが就活生だったら絶対採用しない!
僕が上司でこいつが部下だったら、ぜったいこいつに重要な仕事を任せない!
僕が社長でこいつが社員だったら、絶対こいつ減給!謹慎!ついでに島流し!
しかし哀しいかな、フリーターの僕が面接官になることはなく
専門技術を全く持たない僕がコイツの上司になるわけもなく
通勤中にゲームをしてるのを理由に減給を言い渡す男が社長になれるはずもない。
僕がどんなにひがんでも、コイツの身分は安泰なのだ
= 俺のほうががんばってるのに・・・ =
さらに、よくよくみるとこの男の背広、けっこういいやつなのだ。
5万~10万・・・・
いや、もしかしたらもっとするかも・・・
僕のユザワヤ仕立て26000円とは違い、なんとも上質な布を使っている感じなのだ。
袖のボタンもプラスチックの安いヤツじゃなくて、金色のいいヤツなのだ。
ネクタイも、ブランドものの生地の厚いヤツだし
靴も本物の革靴で、鼻につくくらい黒光りしている。
上から下まできっちり”本物”なのだ。
それだけでも鬱陶しいのに、
そんな男がゲームをしている!
遊んでいるのに金を持っている。
= 俺の方ががんばってるのに・・・ =
すると電車は吉祥寺につき、男はゲームをさっとしまい、ウォークマンのコードをくるくるっと巻き、かばんをさっと持ち上げて、颯爽と電車を降りるのである。
ちょっと待てぇい!
住んでるところ”吉祥寺”って!!
腹立つ!!!
なんでゲーム野郎が吉祥寺なんだよ!
なんでお洒落の街、吉祥寺なんだよ。
おとなしく八王子まで乗ってろ!
= 俺は歴史の街、国分寺なのに・・・ =
なんか最初から最後まで負けっぱなし
なんとも癪な夜なのであった・・・