俺よ、男前たれ

おもしろきこともなき世をおもしろく

バレンタインデー2010

吉祥寺の白木屋の店内で、僕は彼女と向かい合って座っていた。

「アタシノコト、ドウ思ッテマスカ・・・」

彼女はさんまの干物をいじくりながら僕に聞いてきた。

「え~、あの~まあ、ね、その~・・・今日は・・・・・・・・女の子が告白する日だから、ね。」


今日は2010年2月14日(日)

僕と彼女は新宿で映画『アバター』を観た後、吉祥寺のサンロードをブラブラし、ついさっき、ガラガラの白木屋に入っていた。80年代のちょっと懐かしいヒット曲が静かに流れる店内。

彼女は梅酒ロック


初デートにしてはずいぶんと安上がりな乾杯だけど、彼女がここでいいと言ったんだから仕方ない。


「だからね、返事は来月、ちゃんとするから」

「・・・・・・・・ソレマデ 待ッテルンデスカ?」

「うん、だからね、その~、あれだよ。うん。ちゃんとするから」


彼女はこっちを見ない。ずっとサンマの小骨を取り続けている。

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それは昨年末のこと

「アノ・・・住所、教エテモラッテイイデスカ?」

「え?・・・・なんで?」

「アノ・・・年賀状・・・」

「あ・・・・・」

小栗旬の「郵政グループ 年賀状促進CM」のワンシーン。

「んなやり取りあるか!」と思っていたら、そんなシーンが本当に僕の元に起こっていた。

そして年が明けて来た年賀状には彼女が「生まれて初めて自分から」という、正直な気持ちが書かれていた。


僕らはメールを交換し、他愛のない言葉のやりとりを繰り返した。

それまで女性と付き合ったことのない僕にとっては、そんなやりとりさえ新鮮で、心が温まるものだった。

「その日一日に何があったか報告する相手がいるって・・・幸せなことだな」

映画『間宮兄弟』のセリフ

それを実感するような幸せな毎日が続いた。


ほんの1ヶ月前まで、僕は

「金曜の夕方『お疲れ様でした。お先に失礼します』と言ってから、月曜日の朝『おはようございます』というまで声帯を震わせない男」

「定時に帰り、そのまま家に引きこもる付き合いの悪い男」

「携帯電話にはTSUTAYAマクドナルドのダイレクトメール以外、ほとんど来ない男」

「最後に友だちから私信のメールが来たのが1週間前。電話にいたっては1ヶ月“着信なし”」

そんな男だった。

そんな僕の携帯メールの受信ボックスはいつのまにか彼女の名前で埋め尽くされていた。

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「・・・・・・・・・アタシ、気ニナッテ仕事ニナラナイナ・・・・」

彼女は僕のほうを見ず、顔を少し背けながら梅酒ロックを煽った。

「え?そんなことないでしょう・・・」

なにが「そんなことない」なんだろう?自分で言っていてよくわからない。

「来月マデ待ッテ、ダメダッタラ、ショックジャナイデスカ・・・・」

「いや、そんな、ダメ、なんてことはないよ。その~・・・・期待して待っててよ」

そう言うと僕はグレープフルーツサワーを一口飲んだ。


彼女は僕が週に2回通う職場にいる女性だが、違う部署にいるので、それまで少し立ち話をしたことがある程度だった。

顔は決して美人ではないが、頭の回転がよくて、精神的な大人で、よく周りに気がついて、おじさん達みんなからかわいがられるような、性格美人であった。

僕は今まで、見かけばかりに捕らわれ、ありもしない高い理想を描き、自分に不相応な女性との付き合いばかりを夢見、頭に描いていた。

女性に告白されたのは初めてではないけれど、こちらの好みに合わなかったので、いろんな言い訳をしながらあいまいな態度をとり続け、知らないうちに女性のほうから愛想をつかされていた。

臆病者の僕は、そんな時に不思議とホッとした気持ちになった。

これでもう、心を悩ませることはない。

安心してオナニーに没頭できる

そして次の日には相も変わらず「あ~彼女ほし~!結婚してぇ~~!SEXしてぇ~~!」などと嘆いていた。

「ここまで一人を貫いたんだから、もはや妥協はできない!」

「他にもっといい女がいるはず!」

「一緒に連れていて恥ずかしくない女性を!友だちに自慢できるような女を!」

そんなことを考えていた。

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そんな僕であるが、今、目の前でまたしてもサンマの干物をいじりはじめた女性からのストレートなアプローチに心躍らせ、今後の小さな幸せを頭に描けていた。

今、このチャンスを逃したら、おそらく僕はずっと一人だ。

彼女は僕が根暗なことも、お金がないことも知っている。

こんな僕を損得抜きに好きになってくれる人なんて、今後まず出てこない。

僕はこの人を好きになれる。

踏み出せ、最初の一歩を!


「・・・・・・・・ズルイデス・・・・」

「う・・・・・・・・うん、・・・・・・・・・ごめん・・・・・・・・。でもね、でも・・・・大丈夫だから」

何が大丈夫なんだ!しっかりしろオレ!自分で言っていて超情けない!草食か!

「あの・・・・その・・・・なんだ・・・あの~~~」

僕は思わずおしぼりで汗を拭きながら、残りのグレープフルーツサワーを喉の奥に流し込んだ。


それから何分経ったろう?

相変わらずうじうじと態度を保留し続ける僕

途切れがちになる会話

静かに流れる白木屋のBGM

ボロボロになったサンマの干物


なぜオレは来月まで返事を延ばそうとしてる?

なにが怖い?何を恐れている?

ベストじゃない?妥協しているかもしれない?

そんなことあるか!こんな良い娘はいない!

こんな俺を好きになってくれたんだ。

逃げるな!逃げるな!逃げるな!

今だ、今だ・・・・・

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2杯目のグレープフルーツサワーをぐいっと飲み干した後、

「ふぅ~~~。今なら何でも答えられそうだわ!うん、何でも答えるよ!」←なんだそりゃ?

「・・・・・・・サッキノ返事、マダデス・・・・・・・・」

そうだよ。何やってんだよオレ!

行け!言え!

男だろ?男らしく言え!

今、言わなかったら一生後悔するぞ!こんな僕を好きになってくれる人なんて二度と出ないぞ


「うん。あのね・・・・・あの年賀状もらったときね、嬉しくて・・・。それからメールをもらってからね、その・・・」

今となってはうろ覚えだが、なんかこの1ヵ月半の気持ちの変化を長々と話したんだと思う。少しずつ確信に迫りながら



「・・・・・もし、よかったら・・・」


行け!

「・・・・・・恋人として・・・・」


言え!最後まで!

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・付き合ってほしいんだけど・・・」



はぁ~~~~~~~~~~~~~~~・・・・なんとか・・・・・・・・・・言えた?

あんまり格好いい形ではないけれど、僕としても36年目にして人生初の告白

どうだ?どうなった?

・・・・・・・・・・・・あの~・・・・・・そのサンマ、もうほとんど身がないんですけど?

お嬢さん?こっち向いてくださいな?



「あの・・・・・・どうかな?返事・・・・・・・・・・聞かせてもらえる?」


「・・・・ワタシハ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・断ル理由ハナインデス・・・」


うつむきながら照れながら、彼女は答えてくれた。

いじり壊されたサンマも、ちょっと報われたように、目を白くし、成仏した

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手をつないで夜の井の頭公園を歩く

はあ・・・・まさか僕にこんな名場面が生まれるなんて・・・


ほんの1時間前までは彼女いない歴を36年と9ヶ月まで更新していたのに

ほんの2時間前はまだよそよそしくて、微妙な距離で歩いていたのに。

ほんの2週間まえまでは、私服なんてほとんど持っていなかったのに。

ほんの1ヶ月前までは電話代も基本料だけだったのに。

ほんの2ヶ月前は海外でしか女性に触れたことがなかったのに

ほんの6ヶ月前は「どうせクリスマスも一人だからもう年末の海外旅行のチケット予約しちゃおう!」って言っていたのに。

ほんの1年前のバレンタインデーは「付き合ったらホントつまんなそうな男」って言われていたのに。



彼女を最寄り駅の改札まで見送る僕の頭の中には、平井賢の『センチメンタル』が流れていた。


「俺、がんばったよな?俺なりに」

今年のバレンタイン

僕はやっと“男前”になった。

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