いよいよジュンの帰国の日。
起夫はジュンを見送るため、ジュンとともに成田エクスプレスに乗り込んでいた。
ジュンが帰国してしまうとはいえ、1ヶ月後のゴールデンウィークには起夫が韓国に遊びに行くことが決まっている上に、二人は既に将来のことも約束していたのでさほど悲壮な感じはなかった。
成田エクスプレスのシートに並んで座り、二人はしばし旅行気分を楽しんでいた。
ジュン「悪いね、見送りにまで来てもらっちゃって」
起夫「いやいや。なんかいいじゃないですか。『外国に飛び立つ彼女を成田まで見送りに行く』って」
ジュン「なんかドラマみたいね」
起夫「いや本当に。なかなかできませんよ、普通のカップルじゃ。」
ジュン「あたしと付き合ってよかったでしょ?」
起夫「確かに。日本人の彼女だったらこんなシチュエーションめったにないもん」
ジュン「ドラマみたいに空港の展望デッキで金網に張り付きながら飛行機を見上げてね」
起夫「うぉ~~!!まさにドラマじゃないですか!」
ジュン「それで飛行機を追いかけて走っていったりね」
起夫「いやそれはちょっと・・・年も年だし・・・」
ジュン「飛行機に向かって『ジュ~ン!!』って叫んだりしてね」
起夫「それもなんか、恥ずかしいな・・・」
ジュン「・・・そんで最後に飛び立った飛行機に向かって大きく手を振りながら『元気でやれよ~!』」
起夫「元気でやれよって・・・教官いつも元気じゃないですか。それに周りから変な目で見られますよ」
ジュン「・・・・・・それであたしは飛行機の窓から起っちゃんを見つけて小さく手を振るの・・・『さよなら』って・・・」
起夫「それは物理的に無理なんじゃ・・・だってそもそも方向的に飛行機は・・・」
ジュン「テメーさっきからうるせーよ!オメーが迎えに来るって言ったんだろ!ちょっとはセンチメンタルになれや!」
起夫「ひっ!すいません。単に飛行機が見たかったもんで」
ジュン「むきっ!」
起夫「じょ、冗談ですよ。あの、僕なりに寂しさを必死でごまかしてるんですよ」
ジュン「・・・ならいいけど。いい?彼氏研修の最後の実習なんだから。ちゃんと見送ってよ」
起夫「あ、はい。ちゃんとドラマみたいにやるっす」
ジュン「よろしくね。それより、昨日の夜・・・・、すごい嬉しかったよ。ありがとね。」
起夫「あ、そんなに最後のH、良かったっすか?」
ジュン「バカ!そっちじゃねーよ!その前にあんたプロポーズしたろ!」
起夫「はっ!確かに!」
ジュン「忘れちゃったの?」
起夫「すみません。そのままなだれ込んでしまったもので」
ジュン「・・・あたしは忘れてないからね」
起夫「本当に覚えてます?」
ジュン「当たり前じゃない」
起夫「本当に?」
ジュン「本当よ」
起夫「本当に本当に?」
ジュン「何が言いたいのよ」
起夫「昨日って何月何日でしたっけ?」
ジュン「昨日は4月・・・1日・・・・あぁ!!謀ったな!」(実話)
起夫「ま、そんなんもアリかなと思って(笑)」
無事にチェックインを済ませたジュンは起夫とともに展望デッキで最後の食事をとっていた。
ジュン「う~ん!カツカレー最高!やっぱりカレーは日本のものに限るわね」
起夫「ぅぅぅ~。それにしても寒くないっすか?」
ジュン「千葉の海風でしょう。それとも飛行機の風圧かな?いずれにせよ結構風があるわね。飛行機大丈夫かな?」
起夫「あの・・・寒いので最後は室内で見送るってのはどうでしょう?」
ジュン「ダメに決まってるでしょ!ちゃんと外で見送って!」
起夫「わかりましたよ・・・ぅぅぅ~寒い・・・」
ジュン「ざるそばなんて頼むからよ。ラーメンかなんか暖かいもの頼めば良かったのに・・・」
起夫「だって最後の日本食だし・・・」
ジュン「最後はあたしだけ。あんたはこれからも日本食でしょ」
起夫「・・・・教官のために頼んだんだけどな・・・」
ジュン「それよりもう時間よ。行かなきゃ。さあ、手荷物検査のゲートまで見送って」
起夫「・・・・・・うん」
おおむね春休みの旅行客が片づいていたせいか、成田空港は思っていたよりすいていた。
よってジュンは並ぶこともなく、ゲートに入ることができるようだった。
ジュン「じゃあね。ちゃんと電話とメールお願いね。あたしが帰ったとたん連絡取れなくなるなんて嫌だからね。そしたらあんたの実家に文句言いに行くからね」
起夫「うん・・・大丈夫」
ジュン「浮気しちゃダメよ。浮気したら終わりだからね。あんたが一人の女と浮気したらあたしは二人の男と寝るからね」
起夫「え?だめっすよ!そんなの。他の男なんて・・・」
ジュン「嫌だったら浮気するんじゃないわよ」
起夫「わかってますよ・・・」
ジュン「ゴールデンウィーク待ってるからね。韓国語勉強してね。それから少し運動して!風邪も治して!仕事もがんばって!」
起夫「わかってるってば・・・」
ジュン「じゃあね。あたし行くからね。ちゃんと見送ってね。泣いちゃダメよ。あとそれから・・・」
するとジュンは起夫につかつかと近寄り、唇にキスをして去っていった。
ジュン「元気でね!」
手を振ってゲートの中に入っていくジュンを起夫は呆然と見ていた。
ジュンは笑顔で手を振り、出国審査場へと消えていった。
起夫は冷たい風の吹く中、展望デッキの上にいた。
午後5時発の大韓航空機
スカイブルーの機体が目印だ。
スカイデッキには、友人や家族を見送る人たちや、単に春休みに暇つぶしで飛行機見物に来ている人であふれていた。
子供たちは無邪気に走り回り、屈託なく飛行機に手を振り、「バイバ~イ!」と叫んだ。
子供はいいものだ。
起夫もドラマのように、飛行機を追いかけ、大きく手を振り、「元気でやれよ~!」と叫んでみたいものだったが、
今それをすると5歳児と同じ行動をすることになるので踏みとどまった。
そして残りのコーヒーがすっかり冷えきった5時10分
大韓航空はすっと滑走路に現れ、いかにも飛び慣れたように、特別なタメもなく、あっけなく夕焼け空に飛び立った。
起夫「ああ・・・行っちゃった・・・」
起夫は周りの人に見えないように、小さく手を振り、誰にも聞こえないような小さな声で「バイバイ・・・」とつぶやいた。
そして飛行機の後をポツリポツリと一歩ずつ歩いていった。
こんなふうに遠くの空へ飛んでいく一つの飛行機をじっと見るのは生まれて初めてだった。
飛行機の後ろ姿が少しずつ小さくなっていく。
「ああ・・・あの飛行機の中に・・・ジュンがいるんだな・・・」
そう思った瞬間!「ぶわっ」と起夫の目の奥で熱い涙がこみ上げてきた
起夫「う、うそ!? ドラマじゃあるまいし、本当に泣くのかオレは?」
しかし、それは疑いようもなかった。
試しに、先ほどよりさらに小さくなった飛行機の後ろ姿を眺めながら
「ああ、あの飛行機にジュンが乗っているんだな・・・」
とシートに座るジュンの姿を思い描いたその刹那!
こんどはボロっと涙がこぼれた。
起夫はまるでコンタクトレンズが目からこぼれ落ちたような不思議な感覚に驚いた。
起夫は周りの人にバレないように「いや~目がチカチカするぜ~」という演技とともに目に手を当てて、涙を拭いた。
が、文字通り、あふれる涙はなかなか止まらなかった。
起夫「・・・・ジュンが・・・・ジュンが・・・」
「うぅ~・・・ふうぅぅ~・・・」
成田空港の男子トイレで一人しきり泣いたのち
起夫は帰路についた。
ジュンと付き合い初めてからも、1日2日は会えない日もあった。
しかし、どんなに会えなくても「ジュンは今、バイト中」「ジュンは今日、お母さんと上野観光」と考えれば意外にあきらめもついた。
ところが、ジュンがいなくなって数時間しか経っていないのに、起夫はとたんに悲しくなってしまった。
「ジュンが日本にいない・・・」
それは起夫にとって予想以上のショックを与えた。
その後、起夫は2週間ヘコみ続け、力ないため息を繰り返した。
そしてそれは現在も続いているとさ・・・。
めでたし、めでたし・・・・・・
・・・じゃなぁい!!!寂しぃよぉ~~~!!!