(前回の続き)
嫁は「痛みの間隔が短くなって、10分間隔で痛くなったら本陣痛」というセオリー通りに痛みがこず、本人いわく「ずっと痛みが続いている」という状況だったので、仕方なく、痛くて動けなくなった17:00が陣痛開始、ということになった。
18時病院到着。
先生に「今日はもう病院の夕食は終わっているので、今のうち晩御飯を用意しておいてください」と言われ、両親に頼んでホカ弁を買ってきてもらった。
19時、二人で夕食を摂るが嫁はあまり食欲がないらしい。
あとでわかるのだが、実は僕らは分娩室でご飯を食べていた。
病院に到着して、子宮口を見て、ご飯を食べて、陣痛に耐えて、出産に挑むまで、ずっと同じ部屋だったのだ。
なんか、手術室みたいな場所で生むイメージだったのに。
確かに嫁が横たわっているイスは分娩用だけど、すぐ横のソファーに荷物おいてるし、僕も座ってるし…
20時、嫁が少しずつ痛がり始める。
そういえば、ラマーズ法なんてものがあるはずだが、産婦人科では何も教わってないな。
嫁は自己流に「ふ~~」なんて息を吐いているが、本当に痛いときはそんなこともできない。
1時間に1回くらい先生が来て子宮口をチェックしてくれるのだが
「4センチ5ミリ。ゆっくりだね」
「5センチってとこか。ま、明け方くらいかな?」と言い残してまたどこかへ行ってしまう。
部屋には僕と嫁だけが残されるのだが、嫁はもうおしゃべりする余裕がない。
痛みが来るたびに呼吸を整えようとするのだが、ひどいときは「死ぬ!」「ダメダメ!」「ああ~胸からももまで感覚がない・・・」「もう生まれるんじゃない?」と弱音を吐く。
しかしベテランの産婦人科医は余裕綽々。
先生「出産で死んだ人はいないんだから、大丈夫」(← 死んだ人もいると思うけど・・・)
先生「(赤ちゃんの心音計?を見て)今、痛くないでしょう?」
嫁「痛いです!」
先生「うそでしょ~。」
嫁「いや、本当に痛いです」
先生「そうかな~。痛くないはずなんだけどな、赤ちゃんの様子からすると」
嫁「痛いです!」
先生「うそでしょ~。」
嫁「いや、本当に痛いです」
先生「そうかな~。痛くないはずなんだけどな、赤ちゃんの様子からすると」
赤ちゃんは出口を探して、恥骨やら子宮やらに頭突きをかましてくるらしく、それが妊婦にとっての痛みになるらしいのだが、こんなとき、僕はどう声をかけたらいいものか?
『夫は「だいじょうぶだよ」と言っていたが、「何が大丈夫なんだよ!」と思った』なんていう妊婦さんの声もあったし
『「まだまだ。本当に生まれるときはもっと痛いんだから」なんて夫は言っていたが、「お前にこの痛みがわかるのかよ!」って思ったわ』と語るママもいた。
「がんばれ!」というのもまたプレッシャーになるだろうし、「そうだよね、痛いよね」なんて同情してみてもダメな気がする。
困った、困った。
”嫁が出産するときの男前な声のかけ方”みたいなものを調べておけばよかった・・・
しかたなく嫁の手を握るのだが、陣痛が来た時の嫁の握力がハンパない。
それこそ僕の指がうっ血して取れそうなくらい、嫁はかなりの力で僕の手を握ってくる。
それくらい痛いんだろうな・・・
そういえば、大人になって僕はこれほど大声で「痛い!」なんて叫んだことはないな。
陣痛ってどのくらい続くんだっけ?
確か嫁の母親は「あたしは2時間であんたを生んだんだから、あんたもすぐよ!」なんて言ってたな。
でもネットだと「あたしは4時間!」「13時間もかかった!」「いや、初産で28時間。もう力尽きた」なんて人もいる。
先生は明け方って言ってたからな。うちの嫁も12時間コースかな。
それまで苦しむのか・・・・こりゃぁ・・・男にはわからんわ。男にはそんな例がない。
嫁の握りしめる手の力がいっそう力を帯びてきた。
え~・・・これ無理じゃない?もう出るんじゃない?
力入れてるうちにポロって赤ちゃん出ちゃうんじゃない?
夜11時。看護婦さんが何度目かの子宮口チェック。
すると「おお、6~7センチと言ったところか。意外に早いかも。準備しとこう」と点滴やら、着替えやら、水の入った金たらいやらを用意し始めた。
「え~、ここで赤ちゃん産むんだ。すぐ横に食べ残しの弁当とかあるのに」
「おれの靴下、穴空きそうじゃん。ちゃんとした服、着てくれば良かった」
「頭もかゆくなってきた。シャワーも浴びてないしな」
などと余計なことを考えはじめる僕。
できれば身を清めて、きれいな服で出産に臨みたかったが、出産はそんなことは待ってくれない。
ま、嫁も着替えもできずに病院に来たので「くそ~こんなパンツで出産とは・・・無念!」と思っているかもしれない。そんなことを考える余裕もないかもしれないが。
先生から「息を吐くときはお尻のほうから」「鼻で吸って口で吐く」と指示を受ける。
嫁な苦しい表情ながら、鼻で吸ってお尻のほうから息を吐く。
もう「痛い」という言葉も吐かず、とにかく呼吸に集中している。
僕も割烹着のような服を着せられ、帽子とマスクを着けさせられる。
いよいよって感じだ。
嫁の足が開かれて状態で固定され、嫁は俺の手ではなくレバーを握るように指示される。
そして先生から
「いきむときは声を出さないこと。声を出すと息がもれるので力が入らないから」
「一度いきんだら、すぐに息を強く吐いてすぐに吸ってまたいきむ。間隔をあけると赤ちゃんが引っ込んじゃうから、息を吸う時間を短く!」
と指示を受ける。さらに
「あなたは痛がりだけど、がまんできる痛みだったら力を入れないで。長丁場だから毎回力を入れてたら疲れちゃうよ」なんてことも言われた。
嫁は普段から「あたしはいつも生理痛が激しいから陣痛もあまり痛く感じないかも」「痛みには強いんだよ。生理痛で慣れてるからね」というのが口癖だった。
が、嫁の自信は一気に崩壊。産婦人科医の判定は「あんたは痛がり」
ちなみに僕は嫁がいきんだら枕で嫁の首を持ち上げる手伝いをする係りだ。
嫁が痛みに合わせていきむ。僕はぐっと枕を起こす。
先生が「そ~、そ~、上手上手」と褒めている。僕は頭側にいるのでわからないのだが、何が上手なんだろう。
嫁は大きく息を吸い、吐き、また吸ったときがいきむ合図だ。
嫁がいきむ。
先生が「そう、そう、上手上手」と褒める。
僕はなぜか同時に息を止めてしまうのだが、これがまた辛い。
固いうんこを外に押し出すときだって、こんだけ長く力を入れて息を止めたことはない。
本当に血管が切れちゃうんじゃないかというくらい、息を止め、力を入れる嫁。
僕は後日、子供が二人いる女性に「ね、女性ってすごいでしょ?」と言われることになるのだが
いやはや、本当にすごい・・・
先生に「いきむときは息が漏れるから声は出すな」と言われていたが、それでも嫁は「ふっ!ん~~~!」と声が出てしまう。
どうしよう、注意すべきかするまいか。なんか俺なんかが言ったら申し訳ない気がする・・・
しかたなく、いきむ瞬間に「がんばれ~」とささやくだけにとどめた。
何回、いきんだろう。
観ている僕のほうがぐったりしているというのに、先生はとんでもないことを言うのである。
え?いま、生まれるかどうかの勝負をしてたんじゃないの?
なんなのその「これで準備OK」みたいな余裕は?
先生は「ママさん、すごい上手よ。これなら3時くらいには出そうよ。あと十数回いきめば出るかな?」なんて言ってる。
でもマラソンのウォーミングアップで42.195km走ったみたいになってんですけど。
しかしここで力を緩めるわけにはいかない。
赤ちゃんは出る気まんまん。
嫁も覚悟を決めたのか何も言わない。
あせってるのは俺だけ。
嫁は再び、いきみ始める。
先生「よ~し、よし、もっとこっちに力入れて」「そうそう、上手上手よ~」
「こっちに力を入れて」で嫁は通じるのか?
でもとにかく嫁は上手らしい。
先生「初産でこんなにスムーズに行くことないわ。これならあと30分で出るわ」
僕「え?うそ?」
先生「陣痛の時よりはもう痛くないはずよ」
嫁「・・・」(←たぶん嫁は痛がってる)
なんか予定日より遅れるって話から、「明日の明け方には」→「朝、三時には」→「あと30分で」って、どんどん早くなってるんですけど。
僕には気が遠くなるように長く感じているのだが、初産にしては恐ろしくスムーズに進んでいるらしい。
最初は「あんたは痛がり」と嫁のことを少し見下していた先生も
「すごい。ママさん、忍耐強いね~」と感心している。
嫁は休まず、いきんでいるが、普通の妊婦さんよりはガッツがあるほうなんだとか。
すごい。うちの嫁、すごい。
最初弱音を吐いていたのが嘘みたい。
すんごいがんばってる。
嫁「んん!!ん~~~~」
先生「はい、頭見えて来たよ~」
僕「(え?そうなの?)」
嫁「ふ、ん~」
先生「は~い、力抜いて~、もう力入れなくていいよ~」
僕「(あ!頭出てきた)」
先生「は~い、出てきた。元気な男の子。大きいね~」
嫁「ハァ、ハァ、ハァ・・・」
僕「(うわ~~、ちょっとグロ・・・)」
なんか感動して涙の一つも流したいところだが、
すまん、本当に正直な感想。
青白くて、どろどろしたものをまとっていて、へその緒も・・・なんかサザエの肝みたいな・・・
普段は感動屋の嫁も「かわいい~!」と泣きながら叫ぶかと思いきや、無言。
ただ、頭の中ではいろいろな考えがめぐっているのだろう。
4月18日(金) 午前1時24分
3290gの男の子誕生
3290gの男の子誕生
陣痛から8時間。
病院に入ってから6時間ってとこかな?
初産にしてはスムーズなお産だったそうな。