俺よ、男前たれ

おもしろきこともなき世をおもしろく

7月31日はジョニーエースの誕生日

Youtubeで昔のプロレス動画を観ていた時に見つけた「三沢光晴VSジョニーエース戦」

かませ犬と思われていたジョニーエース選手が絶対王者三沢光晴選手に嚙みついたあの一戦の、あの一瞬の輝きは、23年たった今も僕の心に刻み込まれている。

ジョニー・エースよ永遠に・・・

 

ジョニー・エースことジョン・ロウリネイティスは今やアメリカ最大のプロレス団体、WWEの副社長になるほど大出世を果たした人物だが、1990年代の全日本プロレスにおいてはやや”しょっぱい”レスラーだったように思う。

当時の全日本プロレスにはスタン・ハンセンやらスティーブ・ウィリアムやらゲーリー・オブライトら凶暴で無骨でパワフルな外国人レスラーがたくさんいた。日本人レスラーはその圧倒的なパワーをいかに跳ね返すかに注力し、ファンもその攻防に手に汗握った。が、その中においてジョニー・エースはやや迫力不足に見えた。身長こそ190センチを超え、「金髪の暴走狼」なんて仰々しい煽り名を持ってはいたが、どうしても他の外国人レスラーに比べるとパワー不足、迫力不足な感じは否めなかった。三沢選手のエルボーに吹っ飛び、川田選手の蹴りに悶絶し、小橋選手のラリアットにのびてしまうエースは全日本の四天王の脅威になるようには見えなかった。むしろタッグマッチなどで日本人レスラーを痛めつけていたスティーブ・ウィリアムがジョニー・エースにタッチするとファンはちょっと安心していたりした。本人はがむしゃらに攻めてはいるのだが、その暴れっぷりもハンセンやウイリアムに比べると「おお、エースもがんばってるな」と上から目線で褒められる感じだった。

 

だから来日10年目(1998年)にして三冠ヘビー級王座の三沢選手に挑戦できることになっても、三沢選手に勝てると思っていた人は一人もいなかったはず。最悪、一方的にやられてしょっぱい試合になってしまうのではないかとも思っていたし、「いや、三沢さんは最初はエースの技を受けてあげて、最後はボコボコにして終わるだろう」と予想する人もいただろう。いずれにせよ「ジョニー・エースは三沢さんの防衛記録に貢献するためだけのかませ犬。いつも同じ挑戦者(小橋・川田・田上・秋山)だけだと三冠戦も飽きられてしまうのでちょっと趣向を変えただけ、と思われていた。

しかし世の中でただ一人、ジョニー・エースの勝利を信じている人がいた。それがほかならぬジョニー・エース本人だった。エースは本気で三沢さんに勝とうとしていた。世間の誰もが「無駄な努力だ」「お前には無理だ」と思っていようが、エースだけは本気だった。

エースは自身の必殺技「エース・クラッシャー」のバリエーションを驚くほどたくさん用意していた。通常の「エース・クラッシャー」に加え、①トップロープに座らせてから②場外への③ロープ越しに④リフトアップ式(メキシカン)⑤ネックブリーカー式、⑥ランニング式と、通常とは違う動きからのエース・クラッシャーで三沢選手を大いに混乱させ、首へのダメージを蓄積させた。

そして合間、合間にエルボーやチョップ、ラリアット、前蹴りを入れ、⑦ギロチン式エースクラッシャー、⑦コブラクラッチスープレックス(2パターン)を挟んで三沢を追い詰めた。最後はムーンサルトプレスで決めるプランだったのかもしれないが、そこまでは持って行けなかった。三沢さんからの最大の賛辞はよほど信頼できる相手にしか出さない危険技「タイガースープレックス’91」で仕留めてくれたこと。エースが一流の挑戦者であったことを認めた瞬間でもあった。

プロレス 三沢光晴 vs ジョニー・エース (三冠ヘビー級選手権試合) - YouTube

元々長身で男前、ヒール役を演じるにはスマートすぎたエースは後年、小橋選手と再び行動を共にしベビーフェイスになった。日本人レスラーのようにガッツを前面に出し、倒れても倒れても何度も立ち上がり男気を魅せる、日本人好みのど根性レスラーになった。最後のほうは僕も含め日本人ファンから「エースがんばれ!」と応援してもらえるようなレスラーになったが、2000年の全日本プレロスの選手大量離脱を機に選手を引退、アメリカに戻り大手プロレス団体でキャリア組になった。

おそらくあの三沢戦こそジョニー・エースの”キャリア・ハイ”。レスラー人生でのベストバウトであろう。多くのプロレスファンはそう思っているはずだ。

今でも日本のプロレスをリスペクトしてくれ、日本人選手を招聘してくれたりパイプ役になってくれたりしているらしい。

アメリカではレスラーとしてさほど大きな戦績を残せなかったが、全日本プロレスでの実績、経験、日本での努力がアメリカに帰って認められたようで嬉しい。日本で愛された”あの”ジョニーエースがアメリカで成功したことが嬉しい。

 

周りが止めるような無謀なチャレンジに挑むとき、僕は若き日のジョニーエースの姿を思い出す。自分を信じ、最大限の努力と準備をし、高すぎる山に果敢にチャレンジしたあの姿。

今のWWEでは見られないストーリーだろうね。

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