ある飲料メーカーがネットで募った問いかけに対し
一人のサラリーマンがこう答えた
男は20歳までプロレスラーになるため、青春のほとんどの時間を費やしたという。
しかしその後、男は普通のサラリーマンとなり、結婚をし、子供をもうけた。
東京郊外に家も買い、このまま平穏な暮らしが続くのだろうと思っていた。
40歳まであと3年となった時、3万5千通の応募の中から選ばれたその男は後楽園ホールのリングに立っていた。
僕が最近、ものすごく痺れた『KIRIN のどごし生』のCMである。
3万5千人の応募者の中から選ばれた寺島力さんは、夢を叶えさせてもらえることになった。
つまり、一夜限りのプロレスラーになれることになったのである。
実際にリングに立つために寺島さんは身体を鍛えた。
プロレス道場に通い、会社出勤前、出勤後のトレーニングを1か月半続けた。
CMのためとはいえ、遊びではない。
下手をすれば大けがもしかねない。
なにより、”プロレスラーになりたかったあの頃の夢にケリをつけるため”
”夢”や”目標”というものを忘れかけていた自分を奮い立たし
自分の夢に夢中になれたあの頃を取り戻すため
一切の妥協をせずに体を鍛えた。
そして1か月半後
プロレスの聖地、後楽園ホールに立った。
実況は全日本プロレス中継の名物アナであった”あの”福澤明
解説は”絶対王者””プロレスと結婚した男””レジェンド”小橋健太
そして対戦相手は寺島さんの子供のころからの憧れのレスラー、長州力・・・
もう我々の世代にとっては本当に涙モノのキャストなのだ。
1980年代、金曜夜8時というゴールデンタイムにプロレス中継がやっていた時代
少年達はプロレスに夢中になっていた。
僕だってそうだ。
学校ではいつもプロレスごっこ。
今だってプロレスは大好きだし、プロレスラーになった自分を妄想したりする。
プロレスの”聖地”で、
子供の頃に熱狂させられたプロレスラー達に囲まれ、
2千人の観客の声援を受けて
プレッシャーと恐怖と戦いながら、
憧れのプロレスラーの、痺れる必殺技を受けて倒された・・・。
もう僕らの世代でこれ以上の夢ってあるだろうか?
このCMを観たときに、本当に痺れたな。
心から寺島さんの挑戦を応援し、夢の実現を祝福したい。
感動をありがとう!寺島さん
と同時に、僕は一抹の不安を覚えた。
「この企画って、シリーズものになるみたいだけど、今回以上の感動って作れるだろうか?」
だって、このCMの後に
「お花屋さんになりたい」だの、「公務員になりたい」なんて夢を実現させても決して盛り上がらないだろうし
「世界旅行したい」「大金持ちになりたい」なんて夢は、実現されたらされたで不快なだけだ。
「スカイダイビングをしたい」「プロ野球選手」ぐらいなら、実現までに練習が必要なので、多少は観ている側にも苦労が伝わってくるかもしれないが、自己満足で終わる可能性も大だし
「歌手になってステージに立ちたい」「総理大臣になりたい」なんて夢を叶えさせるため、サクラを雇ってワーワー騒がせてもシラケるだけだ。
やはり「プロレス」だから良かったのだ。
まず「強い男になりたい」というのは男の子の憧れの典型であり、共感を得られやすい。
またあの頃のプロレスラーというのも実に男の子の胸を熱くしてくれたので否が応にも興奮させられる。
次に「夢を実現させるための苦労」がわかりやすく伝わってくるのがいい。
プロレスはリングに上がるまでの苦労、リングに上がってからの苦痛が実に伝わりやすい。
痛みが直接伝わってくるのがいい!
歯を喰いしばって痛みに耐える姿、怖いとわかっていても相手の攻撃を受ける勇気
最高に素敵だ。
そして「プロレスならではの暖かさ」がいい。
プロレスは相手の攻撃を受けることが前提になっている。
だから挑戦者の寺島さんが長州力に攻撃しても胡散臭さがない。
またプロレスは”お客さんを楽しませるためならなんでもあり”が普通だ。
だからこのような無謀な対戦もよくあるし、観客もその無謀な挑戦を後押ししてくれる。
会場全体の雰囲気、寺島さんの夢を支える空間が温かい。
さらに「負けの美学」である。
夢を実現させることは本当に難しい。
それをCMの企画で実現させてしまうのは、普通に考えれば安易だ。
本当は実現できずに終わってしまうのが夢であり、そのほうが現実味があるものだ。
幸い、プロレスは勝敗が全てではない。
だから寺島さんが叩きのめされて負けることで説得力が増す。
夢の高さが証明される。
あれで寺島さんが勝ってしまったらそれこそ茶番だ。
だがプロレスファンの夢と言うのはそれでいいのだ。
憧れのプロレスラーに打ちのめされる。
それこそ昇天モノの夢なのだ。
未だに「あんなのインチキだよ」なんて言われるプロレスだからこそ、
今回のチャレンジは限りなくリアルに描けたのだと思う
そんなバカげたものに夢を抱かせてしまうくらい、男というものはバカである。
だからこそこの企画は成功したのであろう。
今回の「プロレス編」より面白いものって・・・・こりゃあ、大変ですぜ、キリンさん。
でもぜひとも面白いCMを期待したい。
ところで・・・・僕だったらこんな質問されていたら、なんて答えていたのだろう。