開幕前からその開催に賛否があった東京オリンピック2020は8月8日、その幕を閉じた。
期待通りの活躍ができた選手もいたし、その実力が発揮できなかった選手や競技もあった。
ちなみにオリンピックはおろか、スポーツにあまり興味のない我が妻が一番感心したのは水泳の入江陵介選手である。
入江選手は100m背泳ぎでは全体の9番目のタイムで準決勝敗退。
200m背泳ぎでは決勝に進出したものの7位。
400mメドレーリレーでは日本新記録を出し6位、という成績だった。
そんな入江選手に我が妻はまるで彼の母親のように喜び、拍手を送っている。
ちなみに妻は外国人。
もともとスポーツには全く興味はなかったのだが夫の僕がオリンピック好きで連日テレビを見まくるものだから日本人選手の名前を自然に覚えてしまったらしい。
なんでも妻の国では「金メダリストはテレビのニュースで紹介されたり新聞に載ったりして注目されるしスターになるが、金メダル以外は相手にされない」のだそうだ。
だから日本のように銀メダルや銅メダルでもちゃんとインタビューを流され、テレビに呼ばれ、ヒーロー・ヒロイン扱いされることに驚いていたし、「日本人初の6位入賞」とか「惜しくもメダルに届かず」といった場合でもちゃんと扱っていることに感心していた。
確かに日本のマスコミは選手に対し、ちゃんと物語を用意してあげるし、これが僕がスポーツ観戦にハマる理由でもある。応戦する家族、選手を支えるスタッフ、補欠になってもサポートを続ける選手から、しまいには外国人選手を受け入れるキャンプ地の自治体スタッフにまで焦点を当て、ストーリーを作る。全てのアスリート(と関係者)にちゃんと物語を作るからこそ、勝っても負けても感動できる。
で、前回のリオ・オリンピックのことなのだが、妻にとってとてもショッキングなシーンがあったという。それは200m背泳ぎで8位になった入江陵介選手のインタビューだ。
リオ・オリンピックの前から調子が上がらず、本番でも100m背泳ぎに続き表彰台を逃した入江選手はレース後「賞味期限切れなのかな、と思うこともあった」と弱弱しく語った。そしてインタビュアーに再び世界を目指すのか(それとも引退か)と聞かれ「今すぐには答えられない」と小さく答えたのだ。
妻は「信じられない!」という顔をしながらそのインタビューを観ていた。
「あんな弱気なアスリート、初めて見た!」
「あの人、大丈夫?自殺とか考えちゃうんじゃない?すごい心配」
妻の国ではそもそも敗者の弁をテレビで流すことがないし、それを抜きにしても号泣するでもなく涙をこらえるでもなく、ストレートに打ちひしがれて落ち込んでいるアスリートの姿がショックだったらしい。しかも入江選手の一見細身でなよなよしたイメージがさらに拍車をかけてしまった。
あれ以来、妻は「あんなショックなシーンは人生で一度もなかった」「あの人は元気なの?」とたびたび訊いてくるようになった。
普段スポーツを見ない妻の中で、入江選手はいつまでも「弱気で泣き虫でネガティブでうつ病予備軍の男の子」らしい。
確かにあの時期、入江選手はひどく落ち込み、引退まで考えたそうだがその後見事に復活した。
世界一美しい背泳ぎのフォームを持ち、日本では敵なし。日本選手権では100m7連覇、200m13連覇。オリンピックに4大会連続出場の31歳は競泳代表チームの主将を務めた。
しかし妻にとっては入江選手が元気に競技を続けてくれていることがことさら嬉しかったらしい。東京オリンピックを泳ぎ切った入江選手に対し、妻は
「あの陵介ちゃんが・・・良かったわぁ元気になって。本当にあの時心配したんだからぁ」
いやいや、入江選手は次回のパリ・オリンピックだって狙えますよ。
34歳でスタミナ、パワーは落ちるかもしれないが、技術は衰えない。相変わらずテクニックやフォームは超一流。体は背泳ぎ用に進化している。
我が妻は勝手に”育ての母”を気取りつつ、入江選手を応援し続けます。もちろん僕もね。