俺よ、男前たれ

おもしろきこともなき世をおもしろく

おじさんの目

先日の『アメトーーク』(テレビ朝日系)のテーマは「本屋で読書芸人2021」。僕は普段全くと言っていいほど本を読まないおじさんで本屋に行くだけで便意を催すほどの本嫌いあるが、やはり上手いプレゼント聞いてしまうと「本屋に行ってみたいな」「いろいろ買って読んでみようかな」なんて思う小市民でもある。

特に番組でも紹介された『地球の歩き方』の「旅の図鑑」シリーズは前々から読んでみたいと思っていたのであるが、『地球の歩き方』と聞いて怖気づいてしまう僕がいる。というのは最近の僕の悩みは”小さい字が見えないこと”。老眼なのかわからないが、本当に最近、小さい字が見えなくなってしまった。つい2年前に買った『地球の歩き方』を薄暗いトイレで読もうとしてまったく字が見えなかったのがトラウマとなっているのだ。

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僕は社会人になるまで眼鏡もコンタクトも使ったことがなかった。子供の頃から「暗い所を字を読むな!」と親にうるさいくらい注意されてきたし、片田舎育ちなので家の周りの田園風景や山の緑を見ているだけで目の保養になっていた。眼鏡をかける自分なんて想像すらできなかった。しかし大学を卒業し、2回目の免許更新の際に視力の問題で不可となってはじめて目が悪くなっていることに気づいた。あれはショックだった。「俺はこのまま眼鏡をかける人生を歩むのか・・・」と一生取れない鎖をつけられたような落ち込み方をしたものだ。

しかし2002年に意を決して当時流行っていた”レーシック手術”を受けた。当時25万円くらいしたが、まだ結婚もしてなかったし、今後一生目が悪い人生を歩むより手術によって人生を変えたいという思いが強かった。一世一代の博打でもあった。結果的に今に至るまで裸眼で運転できる程度には視力をキープできているので手術はして良かったと思うが、経年劣化(老眼)には逆らえないようだ。

最近、とにかく”見えない”と感じることが多くなった。薬の箱に書いてある「使用上の注意」とかKindleで読むマンガ『キングダム』のセリフとか。僕は最初、「なんでこんなに小さく書くんだろう?ま、薬の箱の文字なんて今さら読む人いないんだろうな。企業側も『一応、説明は載せてありますよ』って言い訳するために印刷しただけだろうし」と良いように勝手に解釈していた。Kindlreもピンチアウトできるし。

別に日に、カミさんがキラキラネームの記事が書いてある雑誌を見せてきたときに、漢字の上に印刷されたふりがなが読めないことに気づいた。字の小ささもあるが、少し薄暗いところだと全く文字が識別できなかった。そこで蛍光灯の真下に来て光を当てるとやっとこさ見えたのだが、これもショックだった。それでも目が悪くなったことを認めるのは癪だったので、「まだイケる。まだ大丈夫」と自分に言い聞かせた。また別の日には、カミさんが「これを見ろ」と僕の顔面の20センチくらい前にスマホの画面を出してきたので反射的に払いのけたこともあった。昔ならすぐに目のピントがあったのだが、今は近すぎて腹が立つので「やめろ!」と手を払いのけてしまう。それでも僕は思っている。「まだ大丈夫」。

僕と同年代の同僚は、スマホやパソコンの文字を125%くらいにズーム設定して使っている。僕はそれを見ながら「あ~あ、ああはなりたくないねぇ~。ジジィか!」「あんなでかい字で映したら情報駄々洩れだよ」なんて見下しているのだが、正直僕も画面に焦点が合うのにコンマ何秒かかかっている。下らない意地でズームの倍率を上げることはまだしていないのだが、時間の問題かなと思っている。いやだなあ、いつか眼鏡をかけて東国原スタイルになるの。

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おじさんは今日も自分の目と戦っている。

昔ながらの「暗い所で字を読まない」「できるだけ緑を見る」という原始的な対策だけでここまでやってきた(ま、レーシック手術しちゃったけど)。

まだ裸眼で運転できるし、まだパソコンの文字は拡大しなくても読めるし・・・だから大丈夫!

 

ちなみに自分の都合の悪い情報は受け入れず、”俺は大丈夫”と自分に言い聞かせることを「正常性バイアス」というらしい。そんでこういう人は緊急時、非常時にてんぱって大事故につながり命を落としやすいのだという。

正常性バイアス - Wikipedia

でも・・・まだ大丈夫だろ?俺は。