『ドカベン』『あぶさん』などの代表作を残した野球漫画の巨匠・水島新司先生が亡くなったそうだ。水島マンガに影響を受けた著名人が次々と哀悼のコメントを残しており、改めて水島先生の作品が日本の野球に与えた影響の大きさがわかる。
僕も野球少年だったので水島先生の作品もよく読んでいた。でも一番印象に残ってるのは水島先生本人だった。昔『ビートたけしのスポーツ大将』という番組をやっていて、たけし軍団チームと水島先生チームの野球の試合があったのだが、ピッチャーの水島先生がとにかく負けず嫌いで、子供ながらに引いてしまったのを覚えている。誰がどう見てもストライクゾーンに入っていないのに「おい!ストライクだろ!」とムキになって審判に詰め寄っていた水島先生はあきれるほど大人げなかった。
また高校野球を描いた『ドカベン』『大甲子園』では飽き足らず、続編として『ドカベン~プロ野球編~』を作り、実際の日本プロ野球を舞台に自身のオリジナルキャラクターを入団させるというファンタジー作品を描いてきたが、自身の作ったキャラクターが全員揃いも揃ってプロで大活躍をしている姿を描いちゃうあたりもツッコミどころ満載だった。
が、水島先生はとにかく野球が大好きで、自分が描いた作品が好きで、自身が作ったキャラクターを”親バカ”なほど愛していたということは間違いない。
ご冥福をお祈りいたします。
そういえば僕が子供の頃、太っていた友達は草野球でも少年野球でも必然的にキャッチャーをやらされていた。水島先生のせいだった。
定食屋で飯を食った後、爪楊枝をくわえたまま歩けば「お前、岩城かよ!」と突っ込まれた。アンダースローのやつは「里中みたい!貧乏なの?」、いつもニコニコしている奴は「微笑君」などなど、当時の子どもは勝手にあだ名をつけられていた。全部水島先生のせいだった。
同じように背の低いやつは自然と”殿馬”とか”とんま”と呼ばれていたが、これはちょっと羨ましいほうのあだ名であった。キャイ~ンの天野君も言っていたが、当時背の低かった少年はみな”殿馬一人”に憧れていたのだ。
殿馬は見た目は出っ歯にでかっ鼻、短足で服装もだらしなく、語尾に「~ずら」をつけるなど田舎臭く見えるかもしれない。しかし実は天才ピアニストであり、天性のリズム感で野球でもその才能を開花させ、プロでも首位打者・盗塁王・2000本安打という記録を残している。
が、彼の魅力はやはり「努力しているところを見せない、ひけらかさない」「闘志を表に出ず、常に飄々としている」ところだと思う。
ピアニストとしては手が小さく課題曲が弾けなかったことをバカにされた殿馬は指と指の間(水かきの部分)を切り開く手術をこっそりと受け課題を克服したり、ハイジャック犯に右肩を打たれた際は夜に一人でグラブトスの特訓をして試合に臨むなど、本当は負けず嫌いで心に熱いものを持っている。しかしそれを周りに知らせることはないし、頼ることもない。自分の課題は自分で解決するだけ。きっとそれは殿馬の哲学だ。
対戦相手からするとこの存在は不気味だ。ホームランバッターの山田太郎や、怪力・岩城正美、エース里中君は特徴がわかりやすいから当然対策を立てられてしまう。しかしこの投打の要にばかり気を取られていると、のらりくらりとした殿馬にやられてしまう。曲者なのだ。何を考えているのかわからないし、やる気があるんだかどうかもわからない。しかし常に周りを注意深く観察しながら瞬時に100%の力を出せる準備をしている。だから相手は気づいた時には一杯食わされている。
チームメイトは殿馬を”末恐ろしい天才”と捉え、ピアニストとしての活動も尊重している。殿馬のことを変に詮索せず、放任している。対戦相手にも”不気味な存在””天才”と捉えられているのがカッコイイ!
僕はこういうキャラクターが大好きなのだ。闘志を表に出さない天才、何を考えているのかわからない能天気な天才、普段は前に出ようとはせずに主人公がピンチの時だけ助けてくれる天才。