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『THE FIRST SLAM DUNK』の正しい見方

(ネタバレあり)

『THE FIRST SLAM DUNK』を観た。マレーシアの映画館で。これが本当に面白かった。すごく良かった。ネットのレビューなんかでも軒並み高評価だったけど、わかるわ。映画として客観的に素晴らしいのか、世界的にヒットして当然なのかはわからないが、青春時代にリアルタイムで『SLAM DUNK』を読んでいた世代にはたまらない映画だった。原作にもあった『湘北VS山王戦』のあの感動に加え、新たに宮城リョータのストーリーが加わって、懐かしさ+ドキドキの両方を楽しめた。

で、映画館にいた家族連れ、友達同士、バスケットボール選手風のマレーシア人もみな満足そうに映画館を後にしていたのだが、僕はふと思ったのである。彼らは原作を読んでいたのだろうか?映画版だけではわからない各キャラクターの背景とか関係性とかを知っていたのだろうか?それを知らないでも楽しめたのかもしれないし、試合の結果を知らない分、もしかしたら僕よりもドキドキ興奮しながら映画を楽しめていたのかもしれない。

あの映画って、『SLAM DUNK』の原作を知っているほうが楽しめるのだろうか、知らないほうが楽しめるのだろうか?

The First Slam Dunk' review: A heartfelt adaptation of a beloved manga  series about life and basketball - YP | South China Morning Post

 

漫画『SLAM DUNK』が週刊少年ジャンプに連載されていたのが1990年~96年なので僕は高校生から大学生にかけて。大学に入った頃はもう週刊少年ジャンプは買っていなかったんだけど『SLAM DUNK』だけは続きが気になっててコンビニで立ち読みをしていたな(そういえば当時のコンビニは少年漫画も立ち読みし放題で、『ジャンプ』とか『マガジン』はいつもボロボロの状態で並んでいたな)。その後も床屋とか病院の待合室なんかにあった単行本を読んだり、アニメ版で繰り返し観ていたので『SLAM DUNK』の名シーン、名セリフなんかは今でもちゃんとインプットされているし、日本人なら安西先生の名セリフ『あきらめたら、そこで試合終了ですよ』くらいは一度は聞いたことがあるはずだ。

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ちなみに僕の一番好きなシーンは『THE FIRST SLAM DUNK』でも描かれた山王戦の終盤、ボロ負けの展開からついに一点差まで詰め寄るとベンチで応援していた湘北高校1年生の石井健太郎君が嗚咽をしながら「湘北に入ってよかった・・・」とつぶやく場面。わかる、わかるよ石井君。高校時代野球部で補欠のザコキャラだった俺にはわかる。これ、レギュラーよりも補欠のほうがそう感じたりするんだよな。

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そんな思い入れのある『SLAM DUNK』の映画版は、とにかく映像がかっこいい。90年代のテレビアニメでは描き切れなかった立体感、令和のアニメーションのすごさをまざまざと見せつけてくれる。かといってCGバリバリというわけではなく、手書きの良さも存分に残されている。『鬼滅の刃』とか『One Piece』といった現実離れしたキャラクターが飛んだり跳ねたりするのとは違い、『SLAM DUNK』は人間の高校生がバスケットボールをする姿を描いている。なのでフルCGのキャラクターでは逆に非現実的になってしまうのだと思う。『THE FIRST SLAM DUNK』は手書きの粗さ、井上雄彦先生のタッチを最大限に残しつつ、令和のアニメのリアルさや立体感、ダイナミックなカメラワークを加え、ドリブルやジャンプからの着地といった人間の自然な動きも本当に忠実に描いている。

僕は原作を知っているので試合展開は全部知っている。だから純粋に描写のすごさに集中して観ることができた。でもマレーシアの観客のことを思うと少し心配になったのである。『THE FIRST SLAM DUNK』では三井寿の過去も桜木花道流川楓の性格や関係も詳しくは描かれていない。原作を知らない人でもなんとなく「昔不良だったんだな」「二人はライバルでいがみ合いばっかりしているんだな」ということはわかるだろうが、原作ファンとしては「もっとちゃんと知ってほしい」「三っちゃんの過去を知っていたらもっと映画を楽しめるのに」と思ったりもする。

『THE FIRST SLAM DUNK』の山王戦の最後、桜木花道ブザービーターを決める場面。ボールがゆっくりリングに向かっていってネットを揺らすまでの間、30秒くらい無音が続くのである。テレビアニメでありがちな「ドックン・・・ドックン・・・」という心臓音が鳴るわけでもなく、怖いくらい完全な無音。原作を知らない人はみな息を止め、手を握り、固唾をのみ込む場面だ。しかし映画の中の無音に慣れていないマレーシアの観客は一番いいこの場面で誰かがクスっと笑ったり、子供が「キャッ!」と声をあげたりしていたのである。一方僕は僕で「うそだろ?入るか入らないかドキドキして見るもんじゃないの?」とイライラしつつ、結局ブザービートを決めるのはわかっているので「ちょっと無音が長すぎるか?」なんて冷静に思ったりしていたのである。

試合の展開や結果を知っているからこそ安心して映画を観ることができた一方、クライマックスのドキドキ感は味わえないというのが、いいことなのか損なのか。試合結果がわからなければそれはそれで映像の美しさやキャラクターの描写よりも試合の結果のほうに気を取られてしまうかもしれないし・・・。でも韓国やフィリピンで原作を知らずにこの映画を観た人はラストのブザービートで安堵のため息や歓声が聞こえるなど、実際の試合の応援さながらの楽しい観戦になっていたらしい。

原作を知っている側、知らない側、どちらも楽しめるといえばそうなんだろうけど、どちらも楽しめない部分もあったような気がする。これだけは少しモヤモヤが残ったな。『SECOND SLAM DUNK』に期待・・・って、あるのか?

原作を知らない人は、やはり『THE FIST SLAM DANK』を観た後、原作を読破して、この作品の主役が実は宮城リョータじゃなくて桜木花道だということも理解した上でもう一度『THE FIRST SLAM DUNK』を観てほしい。つまり2回以上は観てほしい。こうすると2回の鑑賞も1回目とは別の楽しみ方ができるし、現時点で”原作知っているマウント”を取っている僕のような人よりずっと『THE FIRST SLAM DUNK』を楽しめたことになる。これが正しいと思う。

THE FIRST SLAM DUNK : 作品情報 - 映画.com