基本、土日は仕事がないのだが、今日は半年に一度の全体会議
土曜日の朝だというのに、いつもの時間にいつものスーツで職場に向かう。
ただ、それでも「今日は会議に出席するだけ」となると同じ通勤でも気分がかなり楽。
仕事に対するプレッシャーがないって、なんともいいもんだ。
こんな時、僕はいつも職場に早めに到着し、職場近くの店で朝食を摂ることが多い。
いつも朝食は家で適当にパンでもかじるぐらいなのだが、
こんなゆったりとした朝ぐらいは、コーヒーでも飲みながら本でも読んで、ゆっくり過ごしたいのだ。
いつもより幾分すいている通勤電車の中で、僕は朝の優雅な一時をどこで過ごそうかと思案した。
定番はマクドナルドだが、若干、メニューに飽きている。
ファミレスも悪くはないけれど、基本外食はワンコインの僕は、朝食ごときに1,000円札を出したくない。
う~~む、どうしたものか。
話は逸れるが、この「外食は基本ワンコイン」というクセが、どうしても僕の選択肢を狭めているのは事実。
だから700~800円のラーメンを食べることもまずないし、昼定食もワンコインで食べられなければ選択肢からはずすことが多い。
結局弁当か牛丼屋、立ち食いソバなどのB級に落ち着くことが多いのだが、本当にこの齢になってびっくりするくらい舌が肥えていない。
人生の半分くらいは損をしているような気がしないでもないが、もうこの貧乏性は社長にでもならなに限り直らないのかもしれない。
時折友達と飲みに行って出す2000円~3000円は惜しいとは思わないのだが、自分一人で外食するときに出す680円に「もったいない」を感じる男
そりゃ~モテないわな。
職場の最寄り駅に着いたが、まだどこで朝飯を食べるか決まっていない。
どうしよう・・・
名前はよく知っているが、実は一回も入ったことがない。
なんか、昔からある喫茶店て、狭いくせにたばこの煙が充満していて、クラシックかなんか流れていて、業界人みたいな人が打ち合わせをしているイメージだ。
が、ビル1階に出されたモーニングメニューに強烈にひきつけられた。
飲み物と一緒に頼むと
A:トースト、(ゆで)玉子、スープで60円
B:ベーコンタマゴトースト+スープで110円
C:ベーコンサンド+(ゆで)玉子、スープで130円
D:デラックス胚芽サンド(ローストチキン、トマト、タマゴ)+サラダ+ヨーグルトで170円
これ、めちゃめちゃ安くない?
これならコーヒーが300円くらいでもマクドナルドと変わらないわ。
喫茶店だから食後のコーヒータイムもゆっくりできるだろう。
僕は意気揚々とビル2階のルノアールのドアを開けた。
ドアを開けて見てまず広い店内に驚いた。
なんかホテルのラウンジみたいだ。
しかも窓が大きくて明るい。
客は男性が2人、新聞を読みながらコーヒーを飲んでいるのみだった。
店の奥から「いらっしゃいませ~」という声が聞こえる。
が、姿が見えない。
これって、ウェイトレスが席まで案内してくれるのかな?
と立ち往生していると、奥からひょっこり顔を出したウェイトレスが「お好きな席へどうぞ~」と言ってくれた
僕は「それなら!」と窓際奥の一番いい席を選んだ。
「おお~~絶景かな絶景かな!」
かばんを下ろし、コートを脱ぎながら改めて外を眺める。
これはいい!
が、座ってメニューを見た瞬間、凍りついた。
「え?え?何これ?値段間違えてない?」
「ま、スタバぐらいだとしても300円代だろう。Aセット60円なら大した額ではない!」と踏んでいたのだ。
た、高いぃぃぃ!!
僕が飲んだ中で一番高いぃぃぃぃ!
あれ?『銀座ルノアール』って、サラリーマンの憩いの場じゃなかったの?
サラリーマンって、みんなこんなに高いコーヒー飲んでいるの?
もしかして僕が常識知らずの貧乏人ってこと?
ねえ!だれか教えてくれ!!
僕は一瞬、「すみません」と言ってお店を出ようかとも考えたが、それはさすがに格好悪い。
もちろん、財布に1,000円札が入っていなかったら恥を忍んでもそうするところだが、
一応、払えないわけではない。
ただ、「外食は基本ワンコイン」の性癖(?)が、「朝食ごときに700円」をためらわせているのだ。
僕はメニューを閉じ、そして目をつぶって深呼吸
「落ち着け、落ち着け・・・」と言い聞かせる。
そして意を決し、注文をとりにきたウェイトレスに
「アメリカンコーヒー一つと、モーニングセットのB!」と告げた。
するとウェイトレスは落ち着いた笑顔で「アメリカンとセットのDですね」と返してきた。
Dセットって170円もするやんけ!違う違う!!
僕「いや、あの、Bです。B!・・・A、B、CのBです!」
女「D?D?(指で空中に”D”を書く」
僕「いや、あの、これです!(メニューを指差す)」
女「かしこまりました!」
ウェイトレスは両手を前で合わせ、丁寧におじぎをして去っていった。
心臓がちょっとドキドキしている。
僕はおしぼりで顔を拭いて、ちょっと顔を冷やし、「ふ~~」っと息を吐いた。
「朝食に670円か・・・」
ここまで来てもちょっと後悔している
僕は小さい男だ。
氷水をちょっと口にすると歯に染みた・・・。
5分後
僕のアメリカンコーヒーと、モーニングセットのBが恭しく差し出された。
まずはカップに入ったスープを一口。
「う~~ん。しょっぱい・・・」
しかもコーヒーとスープって、どっちも汁物だな。だったらサラダのほうがいいのに。
文句を言いつつもベーコン卵トーストを頬張る。
「うん、うん。これは旨い。いかにも喫茶店の味!手作りな感じがいいな。これはファストフードでは出せないわ」
そしてスープをまた一口したところで
「これって、早く食べないとコーヒー、冷めちゃうんじゃ・・・」
そう思ったら、いてもたってもいられなくなって、とにかくトーストを頬張り、スープで流し込むことに専念した。
「くそ!スープがついてるならコーヒー、後で出してくれればいいのに!」
予想外の出費に、ちょっとイライラしているようだ。
あくまで僕は小さい。
そしてモーニングセットが食べ終わって、やっとコーヒーにありつけた。
ズズズっとすすって息を一吐き
「ふぅ~~~」
僕は少し落ち着いて店内を見回した。
改めて店内を見ると、さすがにこれだけの金をとるだけのことはある。
高さ2メートル、横8メートルほどのガラスの窓からの眺望はすばらしく、これだけでも100円はとれる。
駅前を世話しなく出入りする人々を見下ろす感じは実にいい。
防音ガラスなのか、店内は非常に静かで外の雑踏が聞こえず、ここだけ時間が止まっているようだ。
ビルの構造がそうなのか、お店の構造なのか、窓の上には日よけが大きく出ているので、直射日光もあたらないし、それでいて大きな窓からの採光で店内が非常に明るい!
この明るさだけでも50円はとれる。
そして広い店内に、ちゃんと布を張ったイスは、さすがにチェーン店のコーヒーショップとは違う品格と落ち着きがある。
プラスチックや金属、板張りのイスは現代的ではあるけれどいかにも機械的で味気なく、落ち着けない。
が、『銀座ルノアール』のイスとテーブルは「ちょっと古いホテルのカフェ風」で実にいい
いい感じに落ち着いていて、くつろげる。
よし、50円やろう!
ついでお冷とお絞りもファストフードにないので50円やろう!
すると、「お皿、お下げしてもよろしいでしょうか?」と店員さんが両手を重ねながら尋ねてきた。
「え、ええ・・・」と取り繕って答えると「失礼します」とその場で頭を下げ、恭しくお皿を下げていった。
実によく教育が行きとどといている。
僕は別に他のファストフードの店員が失礼だとは思わない
が、『銀座ルノアール』は一言で言えば”洗練されている”
ちゃんと立ち止まって、手を前で重ねてお辞儀をするところなんて、ちょっとしたことだがなんとなくうれしい。
値段はちょい高めだが、街の喫茶店で、高級ホテルのカフェばりの接客
なんともニクいサービスだ。
俺が外人さんだったら「OH!ニッポン人は礼儀正しい!ワンダフル!」と感激していたところだ。
よし!接客の気持ちよさに100円やろう!
僕は30分ほどゆっくり文庫本を読み耽る
この時間がなんともいい・・・
ときどきコーヒーを飲んで一息
ときどき窓から景色を眺めてうっとり
ときどき店内を見渡してすっきり
ときどきウェイトレスの気品ある積極を見てもっこり
あ~、毎朝こんな優雅な朝の時間が過ごせたらどんなに幸せだろう・・・
『銀座ルノアール』の価格設定のほとんどは、そのシチュエーション代なんだと思う。
そんな分析を済ませた頃、ウェイトレスのお姉さんが「お茶をどうぞ」と日本茶を持ってきた。
朝からスープ、コーヒー、お冷、お茶と、汁物をサービスしてくれる『銀座ルノアール』
お会計を済ませると、実に丁寧に「ありがとうございました」「またお越しください」と言われてしまった。
ええ、ええ、来ますとも。
僕が社長になったら毎日来ますとも。
僕は少しほっこりと温かい気分になって、師走の街を歩いたのでした・・・