中学生のとき、クラスにショートヘアのかわいい女の子がいた。
彼女の名前は中野ちゃん。
元気で愛想が良くて、実にキュートな娘だった。
中学生ぐらいだと思春期なので、好きな女の子がいてもなかなか話しかけたりはできなかった(時代だった)が、中野ちゃんはクラスの子には男女分け隔てなく挨拶してくれる、とても性格のいい子だった。
「あ~かわいいな~、かわいいな~」と自らの股間をさすりながら、僕は遠めに中野ちゃんを眺める日が続いた。
中野ちゃんの隣りは、僕と同じ野球部のまっつんだ。
まっつんは当時、まだ中野ちゃんより背が低く、体より頭が大きく見え、マッチ棒のような子だった。
僕はいつもまっつんを羨ましがっていた。
ある時、まっつんが不意に小さなくしゃみをした。
その瞬間、中野ちゃんは「わ~~、まっつんのくしゃみ、女の子みたいでかわいい~~!」と黄色い声を上げた。
背が低いことがコンプレックスだったまっつんは、女の子に「かわいい」と言われるのが癪だったのか、「うるせー」とだけ言って、中野ちゃんに背を向けたが、僕はさらにまっつんへのジェラシーの炎を燃やしてしまった。
当時の僕は、13歳にしては大きめの身長168センチ
坊主頭で、にきびがいっぱいの、いかにも田舎の中学生だった。
少なくとも、それまでの人生で女性に「かわいい~!」と言われたことはなかった。
むしろにきびが気持ち悪いと言われることの方が多かった。
僕はまっつんが羨ましかった。
僕もまっつんのようなかわいいくしゃみがしたかった。
ポイントは最初の“吸い込み”にある。
例えばうちの親父がくしゃみをする場合、まず「ふぅあ~!!」と大きく吸い込み、
次に大きな口を開け、「あっぐ」と息を放出
最後に「ぐしゅん!!」と唾と鼻水を飛ばして締める。
関西の親父になると、さらに最後に「こんちきしょう!」とか「おんどりゃボケカス死ね~!!」などのセリフが入るらしいが、親父は神奈川出身なのでセリフはつかない。
「ふぁっぐしゅん!!」と豪快に短く締める。
一方、まっつんの“かわいい”くしゃみは、最初の吸い込みがほとんどない。
そして大きな口を開ける放出準備もない。
本当に最後の「くしゅん!」だけを小さく出すのである。
確かにかわいい。
こんなかわいいくしゃみができるのは女の子以外では猫ぐらいのものだ。
僕はその夜、何度も「くしゅん!」を練習して眠りについた。

翌日、僕は練習した「くしゅん」を披露してみた。
が、だれも気づかない。
何度かやってみたが、隣の席のブスが「やだ。なに?しゃっくり?」と言っただけだった。
おかしいと思って、もう一度まっつんのしゃっくりを観察してみると、まっつんはくしゃみの前に驚いたように一瞬息を吸い込んでいた。
まっつんが体を起こし、肩を上げると中野ちゃんがまっつんの異変に気づき、その刹那、まっつんの猫のくしゃみが放出され、中野ちゃんの頬が緩むのである。
しかも、まっつんは口元をちゃんと手で押さえていた。
上品なのだ。
僕はさらに練習を重ねた。
そしてだいぶ上手く、かわいいくしゃみができるようになったクリスマス、本格的な風邪をひいた。
「ふぁ~あっくしょい!!!」「あ”~っくしょい!!!」「ぐしゅっ!!!」
とてもじゃないが、吸い込みを押さえきれるレベルではなかった。
それこそ肋骨が痛くなるぐらい大きなくしゃみを連発した。
なぜだ?なぜ俺はかわいいくしゃみができないのだ・・・・・
朦朧とした頭の中で、そんなことを考えながら、豪快なくしゃみをし、あまりの痛みに喉を押さえ、鼻水をだらりと流し、自分の運命を呪った。
隣りの席のブスが「汚いわね~。あんたのが移ったんだからね」といいながら豚鼻鳴らし、加藤茶のようなくしゃみをした。
くしゃみの研究を重ねていた僕の分析によると、息の吸い込み時に口を横に大きく開き「ぃい”~~っ」という感じで息を吸い込み、そのまま口を横に開いたままでくしゃみを放出すると加藤茶のようなくしゃみになる。
「ぃい”~~きしん!!」
ブスはくしゃみも汚い。
加藤茶をやりたいなら、「ぃい”~~・・・・・・(×2)」と息を吸い込んだところで、いったん素に戻る。
周りの人が「なんだ?くしゃみがつぶれたか?」と思った数秒後、不意に「きしん!!」と出せばいい。
つまり、フェイントを入れてから「くしゅん!」と出すのだ。
いや~、あの頃の加藤茶は面白かった・・・・。
ゴホゴホと咳き込みながら、そんなことを考えていた。
あれから24年
今も僕はかわいいくしゃみができないでいる。
むしろ、親父らしい豪快なくしゃみが似合う年頃になってしまった。
おろらく30年後にはそれに“尿漏れ”というおまけもつくだろう。
ああ、そうなる前には死にたいものだ・・・・・・・。

ふぁあっっくしょん!!!(ぴちょっ!)