俺よ、男前たれ

おもしろきこともなき世をおもしろく

死神の契約

「ふう~、やれやれ」

 

12年前にボーナスで飼ったヴィトンのバックをベッドの上に放り投げ、理恵は今日も深いため息をついた。

 

戸田理恵。
埼玉県出身の42歳。
現在、都内の家賃12万円のアパートに一人で暮らしている。

 

もう一人暮らしも24年になった。
私はこのままずっと一人なんだろうか。

 

学生時代の友達の中で、いまだに一人なのは私だけ。
もう夜遅くまで遊びにつき合ってくれる友達もいないし、自分自身、そんな体力もなくなった。

 

彼氏は20代の頃に捨てられてからずっとできていない。
もう15年ぐらい、男の人に触っていない。
なんか、もう、怖くなった。いろいろな意味で。

 

今は仕事が終わり、部屋で一人になれるこの瞬間が一番やすらぎを感じる。

 

仕事は嫌いではない。
小さな印刷会社の事務として働いている。地味な仕事ではあるが、自分には合っていると思う。

 

給料は決して高くないが、一人ならなんとか暮らしていける。

 

あとは・・・あとは・・・

 

結婚?そして出産?幸せな家庭?

 

どうなんだろう?今の私には現実的ではない。

 

思い切ってマンションでも買ってみるか?どうせこのまま一人なら・・・。

 

でもそんな財産、今さら何になる?

 

今年の夏にでも韓国に行って羽を伸ばそうか?
あのドラマのロケ地でも見て回ろうか?

 

もちろん、休みが取れたらだけど。

 

でも老後のために貯金もしなければならないし、両親もいつまで元気でいられるかわからない。

 

あたしだってこのままだといつ体にボロが出るかわからないし、

 

下手したら孤独死で1週間後に発見!なんてこともなくなない。

 

いつ死ぬかわからないなら、ぱーっと人生、楽しみたいけど、もし一人で80年、90年生きなきゃいけないとしたら・・・。



はあ、あたしにもう少しお金があったら・・・
あたしにもう少し能力があったら・・・
あたしにもう少し勇気があったら・・・
あたしにもう少し縁があったら・・・そして運があったら・・・

 

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死神「そんなあなたに、死神公社の”バラ魂”はいかがでしょう!」

 

理恵「きゃあ!!だ、だれ?何、あなた?」

 

死神「怪しいものではございません。私、死神公社第一営業部のルシファと申します。」

 

理恵「し、死神?」

 

死神「ええ、死神です」

 

理恵「し・・・・死神・・・」

 

死神「はい。死神です」

 

理恵「・・・・・・・・・・・・・・・・あたし・・・・・死ぬんだ・・・」

 

死神「はい?あの、お客様、お気を確かに。別にあなたを殺しに来たわけではございません」

 

理恵「・・・・・・じゃ・・・死神さんが、なんであたしに?」

 

死神「ええ、我が社の新しい商品をご説明に参りました。実はですね、数年前までは我が社はお客様の望みをかなえる代わりにお客様の魂をいただくという商売をしておりました。」

 

理恵「・・・・・・・・ええ、存じております」

 

死神「ところがですね、お客様の中から『死んでしまったら願いが叶っても意味ないじゃないか』ですとか、最近は『死ぬぐらいならぼんやり生きていたい』という方も増えてまいりまして。」

 

理恵「そうでしょうね」

 

死神「以前はもうちょっと絶望を感じていらっしゃる方とか、”派手なことをして死にたい!””どうしても叶えたい願いがあるんです!その願いが叶うなら死んでもいい!”なんておっしゃる方がいらっしゃったんですが・・・」

 

理恵「最近は減ってきたと?」

 

死神「ええ、それで・・・営業も伸び悩んでしまいまして。契約が取れないといろいろありまして・・・。で、ですね、それで、この度、新しいプラン”バラ売りにして魂を少しいただく”という、通称”バラ魂”というプランを企画した次第で御座います。」

 

理恵「・・・つまり・・・」

 

死神「例えばですね、お客様の寿命を1年いただく代わりに、寿命1年分に相当する程度の願いを叶えてさし上げる、というサービスです。」

 

理恵「寿命1年分って・・・・何ができるんですか?」

 

死神「えっとですね、詳しくは契約後になってしまうんですが、今お試しキャンペーンというのをやっておりまして、”寿命一日分”っていうのが試せるんですが」

 

理恵「寿命一日分ですか・・・・・・・・。ま、それぐらいなら・・・・」

 

死神「お試しになりますか?」

 

理恵「・・・・・・・・・じゃあ・・・・・・・・・はい。」

 

死神「それではですね、こちらの契約書にサインを」

 

理恵「・・・・・・・・・・(サインをする)」

 

死神「ありがとうございました。それでは早速、『*♪~=☆△¥・□×…ナントカナレ~』」

 

理恵「最後、日本語に聞えましたけど・・・・・・」

 

死神「ところで、今、何時かわかりますか?」

 

理恵「えっと・・・・11時11分・・・」

 

死神「え?今日11月11日だからめっちゃゾロ目!あんたツイてる!」

 

理恵「はぁ?」

 

死神「はい、ありがとうございましたぁ!」

 

理恵「待て待て待て!ひょっとして、今のが1日分の幸運?」

 

死神「ええ。いやもう、ツイてる。ほら、今のうちにスクショしておいたほうがいいですよ。あと10秒でこの偶然も終わってしまいますよ」

 

理恵「ちょっと待って!あたしの願いを叶えてくれるんじゃないの?」

 

死神「ええ、そうですよ。だって、さっき『あたしにもっと運があったら・・・』って言ってたじゃないですか。いや~、お客さんラッキー!」

 

理恵「くだらねえ!もう帰ってください!」

 

死神「ま、ま、ま、ま。1日プランなんてそんなもんですよ。だって96歳と351日で死ぬ人と、96歳350日で死ぬ人の差って、そんなにないじゃないですか」

 

理恵「・・・・・ま、そりゃそうだけど」

 

死神「もっと言うなら、96歳9ヶ月で死ぬのと、96歳8ヶ月で死ぬのとでは?」

 

理恵「ま、そこまで言ったら大して違いはないわね」

 

死神「ということで、一番小さなセットで1ヶ月プランというのがあります。寿命を1か月分いただく代わりに、それに相当するお客様の願いを叶えてさし上げるというプランです。」

 

理恵「・・・・・・・・・・・・(サインをする)」

 

死神「あ、早々に。ありがとうございます。」

 

理恵「願いって、自分で指定することはできるの?」

 

死神「ええ、もちろん。何かご希望は?」

 

理恵「・・・・じゃ、結婚」

 

死神「それは1ヶ月プランではちょっと・・・・。2秒で離婚という結果になりますよ」

 

理恵「・・・・じゃ、恋人」

 

死神「あ~、それも1ヶ月プランではちょっと・・・・。ナンパされてお持ち帰りぐらいになっちゃいますね」

 

理恵「う~ん、それでも悪くないけど・・・最近ご無沙汰だから」

 

死神「でも翌朝お客様の素顔を見て男が逃げ出す、という感じです」

 

理恵「ほっといてよ!いいわよ、じゃ。・・・・・宝くじに当たるってのは?」

 

死神「3000円ですね」

 

理恵「なんかの懸賞に当たるってのは?」

 

死神「お年玉年賀ハガキの切手シートならすぐにでも」

 

理恵「仕事でラッキーが起こるってのは?」

 

死神「来年、あなたの会社にイケメンが入社しますよ」

 

理恵「あら、いいじゃない。」

 

死神「ま、あなたには興味を示しませんけど」

 

理恵「それじゃしょうがない」

 

死神「むしろ陰でおばさん呼ばわりされます」

 

理恵「何よそれ!全然いいことないじゃない!」

 

死神「1ヶ月プランですから。これが1年プランになるとさらにグレードがアップしますよ」

 

理恵「1年?あたしの寿命があと1年だったらどうなるのよ?」

 

死神「何か持病でもお持ちなんですか?」

 

理恵「別にないけど・・・」

 

死神「日本人女性の平均寿命は86歳ですよ」

 

理恵「そうだけど・・・」

 

死神「わかりました!それなら、半年プランはいかがです?もう、これに契約していただけたら今回に限り、あなたの願い何でも叶えちゃいます!」

 

理恵「え?本当?結婚したい結婚したい結婚したい!」

 

死神「え?私と?」

 

理恵「オメーとじゃねーよ!なんか、若くて格好よくて、韓国ドラマに出ていそうで、ちゃんと仕事もあって、やさしくて誠実な人」

 

死神「ほ~」

 

理恵「あと、好き嫌いがなくて、常識があって、いつまでも少年のような心を持ちつつ、頼りがいもあって・・・」

 

死神「(契約書を渡す)」

 

理恵「(契約書にサインをしながら)できれば手がきれいで、子どもが好きで、趣味があって、お互いを尊重しあえて、それでいてお互いあまり干渉しないほうがいいな・・・」

 

死神「わかりますわかります」

 

理恵「あと長男以外で、マザコンじゃなくて、記念日とか覚えていてくれて、1年に1回くらいは一緒に旅行に行ってくれて、1ヶ月に1回くらいは外食とかして。」

 

死神「ええ、ええ、なるほどなるほど・・・」

 

理恵「・・・・・・・・・・・・老後は二人で温泉に行ってくれて・・・・・・・二人で・・・・・・混浴とか・・・・・・入っちゃって・・・・」

 

死神「・・・極楽、極楽・・・・と。はい、ありがとうございました。」

 

理恵「・・・・・・・・・・・」

 

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