男なら、嫁になんと言われようと、
こういきたいものだ。
が、彼女いない歴37年の末にやっとこさ手に入れた嫁を持つ身としては、なかなかそうも言っていられない。
加齢臭もほのかに香り始めた30代後半
「臭い!汚い!キモい!」と言われるカウントダウンもはじまる40手前
できるかぎり清潔感を保ちたいものだ。
キスする前は歯を磨き、お風呂では耳の後ろをよく洗い、仕事から帰ったらYシャツと靴下をちゃんと洗濯機に入れる努力は怠れない。
そして妻が嫌う夫の行為ナンバーワンといえば、立ち小便である。
「床にまき散らす」「音がとにかく不快」というのがその理由だそうだ。
我が妻は
「あたしは別に気にしない」と言ってはくれてる。
が、やはり不快に感じる可能性がなきにしもあらずだ。
よって僕は妻が居間にいるときは、ちゃんと戸を締めて、なるべく音を遮断させながらトイレに入るようにしている。
問題は妻がキッチンにいるときだ。
我がアパートはトイレとキッチンが近い。
だからトイレのロールがカラカラ回る音だって聞こえてしまう。
台所の近くにトイレがあること自体、あまりいい感じはしない。
ましてや、せっかく美味しい料理を作ってくれている妻に不快な音など聞かせるわけにはいかない。
男の威厳(=立ち小便)を保ちつつ、妻の耳に小便音を聞かせないようにするには、妻が台所にいる時に小便をしないことだ。
いつのまにか、そんなタイミングが僕の習慣になりかけたある晩のことだ。
食後にテレビを見ていた僕は、尿意を覚えた。
妻は大好きな『世界の果てまでイってQ』に夢中になっている。
僕は妻がテレビに見入っているのを確認すると、なるべく気づかれないように立ち上がり、居間を出た。
そして静かに引き戸を閉めた。
暗いキッチンの壁にあるトイレの電気を手探りで探し当て、電気をつけてトイレに入る。
結婚してまでこんなに気を使う必要があるのかしら?
そんなことを考えつつ便座をあげ、一物をズボンから取りだしたその時だった。
「ガラガラ!」と居間の戸が開き、妻がキッチンに出てきたのだ。
そして洗い物をしはじめたのである。
このまま小便を出してしまったら・・・・
それはそれは不潔なジョボジョボという音を妻に聞かせることになる。
そんな音を聞かされた日には、妻は明日にでも江戸川区役所に行き、離婚届けをもらってくるかもしれない。
僕はしかたなくトイレの中で回れ右をし、座り小便の体制にシフトチェンジ。
この臨機応変さ!さすが僕!
これが愛される夫と嫌われる夫の違いだね。
なんて自画自賛しつつ、腰を下ろした。
が、その瞬間!
マイケルのような奇声をあげ、思わず僕は立ち上がってしまった。
そうだ。僕は便座を上げたままだったのだ。
便座を上げたまま、冷たい陶器の便器に尻を下ろしてしまったのである。
こんなミス、今までしたことがない・・・。
オーマイガッ!!
結婚生活が微妙に何かを狂わせているのか?
ちょっと自分を嘆きつつ、僕はここであることを思った。
と。
座って用を足すときは便座を下ろす。
それは常識である。
が、常識に捕らえられたままでは人間は進歩しない。
人類の偉大な発明はいつだって、素朴な疑問、それは周りから見たらあまりにもバカバカしくてどうでもいいような疑問から生まれたはずだ。
もし、便座を上げたまま座って用が足せるなら、そもそも便座自体が必要でないことになる。
そうすると、将来的には便座のない便器という、新しいスタイリッシュなトイレが生まれる可能性だってあるのだ。
尻がスポッとはまってしまう怖さはあるが、足をがに股気味にして座れば落ちることはないだろう。
この勇気と行動力!!
これが女を魅了できる男と女の違いだね。
僕は人類の偉大なる進化の第一歩を刻むべく、再び便座を上げた便器にゆっくりと尻を落としていった。
それはまるで、人類が初めて月に降り立ったときのような・・・
はたまたスペースシャトルが宇宙ステーションにゆっくりと近づいて接続するときのような、
世紀の瞬間!
僕は再び跳び上がった・・・。
なんと誰よりも先に便器に着陸したのは
僕の性器だった・・・・・・
性器の先が便器の”内壁”にフレンチキスしていたのだ・・・。
トイレのドアを挟んだ2メートル横で、なにも知らない妻はカラカラと食器を洗っていた。
日曜の夕餉の後である。