俺よ、男前たれ

おもしろきこともなき世をおもしろく

老いらくの秋

それは突然のことだった。

僕は社員食堂でアジフライ定食を受け取り、席に着いた。そして遠くにあるソースを取ろうと思って立ち上がり、体を前に傾け、左手を伸ばした瞬間だった。

左足、膝の後ろあたりに衝撃が走った。

僕の後ろにあったパイプイスをだれかがけ飛ばし、それが僕の膝裏にモロに当たったーそんな衝撃だった。

「パゴッ!」という音とともに僕は「痛っ!!」と声を上げた。

僕はあまりの衝撃にうずくまった。

すると近くで飯を食っていた後藤君がニヤニヤしながら「どうしたの?」と声をかけた。

後藤君の隣の三枝君は「ははは。大丈夫?」と軽くねぎらった。


おのれ~、だれじゃい!!

これほどの衝撃を与えておきながら詫びの一つもしないとは!!!

そう思って振り返ると・・・・・・・・・・・・・だれもいないのである。

それどころか、イス一つ倒れていない。

イスは移動すらしていない。

つまり、僕には何もぶつけられていなかったのである!!


僕が「イスが腿裏に当った!」と思ったのは全くの錯覚で、僕は一人で足をつらせていたのである。

だから、後藤君や三枝君は、ソースを取ろうと手を伸ばした瞬間、足がつって奇声をあげたまぬけなおっさんを笑っていたのである。

その、まぬけなおっさんが僕なのである!!

僕は腿の裏を押さえて呻きながら「ま、まじかぁ??」と自分を疑った。

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確かに最近運動していないとは言え、僕は子供の頃からスポーツ少年、学生時代から少林寺拳法を15年ほどたしなみ、「この年にしては」動けることが自慢だったりしたのである。

精神的にもまだまだ少年、体もまだまだ行けると信じて疑わなかったのである。

その僕が・・・・・ソースを取ろうとして肉離れとは・・・。

僕はまだ自分の老いが受け入れられないでいた。

が、腿裏の痛みはその現実を如実に表していた。

僕はなるべくばれないように、午後はデスクから一歩も動かず、終業時刻と同時に家路についたのであった。

が、足が痛くてうまく歩けない。

少しでも歩幅が大きければ足がまたつりそうな感覚。

坂道、階段も老人並のスピードだし

ヒョコヒョコ歩く姿は障害を抱えた人みたいだ。


白状するが、実は僕はこういうヒョコヒョコ歩いている人を見下していた感がある。

「ああはなりたくないよな~」なんて上から見ていたことがある・・・・

が、今の僕はまさに片足に力が入らずヒョコヒョコ、ノロノロ歩く障害おやじ。

後ろのサラリーマンが「ちっ!邪魔だな~」という感じで僕を追い抜いていく。

「君みたいにね、のんびりしていられないんだよ!」という感じで世のサラリーマンが僕を見下していく。

おぅおぅおぅ~~~~

置いてかないでくれよぉ~~

待ってくれよぉ~~

僕はまだ働けるからさぁ~~~

老いてかないでくれよぉ~~~

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結局、駅から15分の自宅も30分近くかかって帰ることができた。

嫁に「痛いよぉ~~~痛いよぉ~~~」と甘えながらバンテリンを塗ってもらいながら僕は思った。


これからは・・・・体に障害を持つ人にもう少し優しい眼差しを向けようと思った38歳の秋であった。