「肩の上の秘書」という作品がある。
何十世紀か後、人類は通訳用のオウムを肩に乗せて生活するようになる。
会社の上司も部下も、主婦もセールスマンも肩にオウムロボットの乗せている。
このオウムロボットは持ち主の言葉をとても丁寧に通訳して相手に伝え、相手の超まわりくどい表現を簡潔に直して持ち主に伝えてくれるロボットだ。
例えばこんな感じだ。
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机にむかって電子計算機のボタンを押し、今日の売り上げを集計していると、
机にむかって電子計算機のボタンを押し、今日の売り上げを集計していると、
「おい、ゼーム君」と、部長の肩のインコが呼んだ。
「やれやれ、またお説教か。」
ゼーム氏がつぶやくと、肩のインコは部長に伝えた。
「はい、すぐに参ります。ちょっと机の上の整理をすませまして・・・」
やがて、ゼーム氏は部長の机の前に立った。コーヒーのかおりがした。部長の肩のインコがもっともらしくしゃべった。
「いいかね、ゼーム君。わが社の現状は、いまや一大飛躍をせねばならない重大な時だ。それは君もよく知っていると思う。しかしだ、このところ君の成績を見るに、もう少し上昇してもいいのではないか、と考えたくなる。はなはだ残念なことと言わざるを得ない。ぜひ、この点を認識して大いに活動してもらいたい。」
ゼーム氏のインコは「もっと売れ、とさ」とささやき、「そう簡単に行くものか」とゼーム氏がささやきかえした。肩のインコは神妙な口調で部長に言った。
「よくわかっております。私もさらに売り上げを増進いたす決心でございます。しかし、このごろは他社も手をかえ品をかえ新しいことをやっております。販売も以前ほど楽ではございません。もちろん、私も努力いたしますが、部長からも研究生産部門にもっとぞくぞく新商品を作るよう、お伝えいただけると、さらにありがたいと存じます。」
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星新一の作品の中でも名作の誉れ高いものだと思うので、機会があったらみなさんにも是非、読んでもらいたい。
で、なんでこんな話をしたのかというと、
うちの嫁もこの手の通訳機をどこかしかから入手しているかもしれない、という疑惑が起きたからだ。
少なくとも僕の目には嫁の肩に乗っているオウムも、耳に当てはめるタイプの通訳機も見えないのだが、きっと僕の目に見えない場所にその機械をはめているに違いない。
ただ、星新一の小説に出てくるような最新式のものではなく、少々性能が悪いタイプらしく、どうも僕の話した内容を嫁の都合のいいように通訳するようなのだ。
僕がそれを感じるようになったのは、結婚して半年くらい経った時のことだ。
嫁が、昼間に地元のデパートで買ってきた服を自慢げに僕に見せてきた。
嫁は割とシブい趣味の持ち主で、黒、グレー、茶色のおとなしめの服を選ぶ傾向がある。
まだ若いのだからもう少し明るい華やかな色使いをしてもいいのに・・・と内心思うのだが、僕の趣味を押しつけるのも申し訳ない。
奥さんが気に入った服ならそれでいいと思い
僕は「ふ~ん、いいんじゃない?」と答えた。
すると嫁は「気に入らないんだ?」と急に不機嫌になり、その服を脱いでしまった。
僕は「気に入らない」の「き」の字も放っていないのに、なんなんだ?とあっけにとられたが、その日は特に深く考えることなく過ぎた。
また、ある時はこんなことがあった。
昨年末の忘年会で、昔の仲間に嫁を初めて紹介したときのことだった。
嫁は僕と付き合うきっかけになった時のことを話し始めたのだが、どうも僕が覚えている記憶と違う。
嫁は嬉しそうに「初デートの時、”結婚を前提に”付き合ってって言われたんです」というのだ。
僕は「いやいや、そんなことは言っていないよ。あの時は単に”付き合って”って言っただけだよ」と訂正したのだが、嫁は「いや、言ったよ!」と言い張り、その場で言った言わないの衝突が起きた。
嫁はうちに帰った後も、「あんたはいつも私の話をちゃんと聞かないし、自分が言ったことも全然覚えてない!」とプリプリ怒っていた。
で、「あんた、自分のブログにもそう書いてたでしょう!」とムキになって怒りはじめたので、確かめてみると、やっぱりそんなことは言ってないことがわかった。
すると嫁はなぜかゲラゲラ笑いだし、「はぁ~~~~~、おかし~~~~」と腹を抱えて転げ出したので
「おかしいのはおまえだろ!」と突っ込むと
ヒ~ンと泣きまねをしながらしがみついてきたのでうやむやになってしまった。
おそらく嫁は僕と付き合う前から僕と結婚することを夢見ていたので、「付き合ってくれ」と言われた瞬間に嫁の通訳機が「結婚してくれ」と都合よく意訳し、嫁に伝えてしまったのだろう。
こんなことはまだまだある。
結婚当初、まだ料理が苦手だった嫁が初挑戦した炒め物を「塩が足りない・・・」と言ったことがあるが、何ヶ月後かに「そういえば、あの料理、久しぶりに作ってみたら?」と言ったら「え~、だってあなた、あの料理”おいしくない”って言ったじゃん」と返してきたこともあったし、
嫁がテレビのダイエット特集に影響され、ホット・ヨーグルトをシブい顔で食べていたので「それ、旨いの?」と聞いたら、数日後に「無理するのはあまり良くないって(あんたが)言うから、やっぱり辞めるわ」と返してきた。
さらに、運動不足で少々下腹が弛んできた嫁に「運動した方がいいんじゃないの?」と意地悪に笑い、おなかのぶよぶよをつかんだことがあった。
その日は「うるさい!」の一言で終わったのだが、つい最近二人でテレビを見ていると急に
「は?そんなこと言ってないけど?」
「言ったじゃん」
「言ってないよ」
「いや、言った!」
こんな問答が5分ほど続き、なんともきまずい空気が流れた。
やはり嫁の通訳機は性能にかなりの難があるようだ。
きっと普段の会話も嫁の通訳機はかなり適当な意訳を妻に伝えているに違いない。
僕「そういえば、あした給料日だ」
(通訳機「給料日だから、なんか好きなもの買ってあげるよ」)
妻「いいわねぇ」
僕「車検も近いんだよな」
(通訳機「車でどこかいこうよ」)
妻「そうねぇ」
僕「でも牛肉くらいは食べたいな」
(通訳機「焼肉ごちそうしてあげるよ」)
妻「じゃあ明日にでも」
僕「でも無駄遣いはできないな。貯金もしなきゃ。」
(通訳機「あんたに遺産を残さなきゃ」)
妻「さすがあなた!」
僕「いつ地震がくるかもわからないし」
(通訳機「君を受取人として保険に入らなきゃ」)
妻「急がなきゃねぇ」
世の女性は男性の知らない秘密の部分にたいていこんな通訳機をつけているという・・・