俺よ、男前たれ

おもしろきこともなき世をおもしろく

引越しのあいさつ

僕がこのオンボロアパートに引っ越して1年が経った。

東京の端っこのほうにある、築年数不明、木造2階建て、駅から徒歩20分の格安物件。

家賃5万円の安さと、もともと和室を無理やりフローリングにしたため、押入れ収納が大きいことが魅力だった。

ただ、住んでみて驚いた。壁が薄く、隣の部屋の会話はおろか、いびきまで丸聞こえなのだ。

しかもこの6畳の部屋に同居しているカップルや、二部屋で家族で住んでいる人までいる始末。

子供の夜泣きに起こされることも毎日だ。


しかし住めば都とはよく言ったもので、去年のGWに引っ越してきて丸1年。
今では泥棒も見向きもしないこのアパートを結構気に入っている。

そんなある日、部屋で一人むなしく自家発電をしていると、ドアのチャイムを鳴らす者あり。

俺の部屋に用があるのは新聞の勧誘、宗教の勧誘、そして宅急便くらい。

また何かの勧誘かと思って、恐る恐るドアを開けると、そこには一人の若い女性が。

「あの、奥に引っ越してきました○○です。よろしくお願いします。」

なんと引越しのあいさつだった。

このオンボロアパートに引っ越してきたことも驚きだが、このご時勢、引越しのあいさつをすること自体が珍しい。

片隅とはいえ、ここは東京。引越しのあいさつなんて俺ですらしなかった。

確かに引越しのあいさつはするに越したことはない。

しかし世の中、おかしな奴はわんさかいる。

なまじ挨拶をしたばっかりに、女性が一人で住んでいることを宣告してしまっている。


とはいえ、この鼠小僧も目を伏せるオンボロアパートなら、変な奴に狙われることもあるまい。

安心してベランダに下着を干してほしいものだ。

うふふのふ