俺よ、男前たれ

おもしろきこともなき世をおもしろく

ミスター・ダンディ

その日、僕は巣鴨駅から山の手線に乗り込み、秋葉原へと向かっていた。

夕方6時15分の山手線は驚くほどにすいていて、ぼくは何なりと座ることができた。


その日は午前から午後にかけて移動があった上、これから秋葉原で3つめのお仕事

疲れて文庫本を取り出す気力もなかった。


僕はぼんやり車内を見つめる

目の前には、それはそれは「冴えない」一人のサラリーマンが座っていた。

「そのサラリーマンを一言で形容せよ」といわれたら、7人のうち6人が「う~ん、”冴えない”かな?」と答えるんじゃないかというくらい

「冴えない」という言葉がお似合いのサラリーマンだった。


年のころ、50代後半。そろそろ定年も近そうだった

超痩せ型で、身長166cm、50kgほど

かなり着崩れしたヨレヨレの濃紺のスーツ。

髪の毛は薄く、白く、元気がない

長い長いサラリーマン生活、

毎日繰り返される満員電車での通勤にも、自身のスイッチをOFFにすることで苦しむことも捨てていた。

もはや人生そのものに疲れているような感じだった。


「あ~あ、人間、ああなっちゃおしまいだよね。ああまでして生きたくないもんだ」と僕はスカした態度で眺め、彼を登志男君と名づけることにした。

なんか焦点の合っていない目でこっちを見ているような気がする。

僕は慌てて目をそらした。

そして電車が秋葉原に着いたとき、事件は起こった。


電車が止まると、意を決したように立ち上がる登志男君。

「お、登志男君も秋葉原!?まさかその年でメイドさんにいいことしてもらうつもりじゃ・・・」

などとと思った瞬間、なんと登志男君は僕のほうへ3歩前進

そして右手で手刀を切るように3回振り、僕に「ちょっとすみませんよ」という合図を送ったかと思うと

僕の股間に顔をうずめるようにしゃがみこんだのだ!


「ちょ、ちょ、ちょっと待てぇい!何すんねんコルぁあ!親父にしゃぶられて喜ぶほど落ちぶれちゃいねえぞ!」

そう(心の中で)叫んだ瞬間、登志男君は僕の座席のすぐ下に誰かが置いていった空き缶を拾って、電車を降りていったのであった・・・

「なぬ!」

僕はあっけに取られ、登志男君の後姿を見送った。


そう。僕がその席に座る前、だれかがこの空き缶を座席の下に捨てて電車を降りていったのだ。

それを向かいの席に座って見ていた登志男君は、ずっと苦々しい気持ちでいたに違いない。

「もしあの缶の中身が少し残っていたら・・・その空き缶が倒れでもしたら・・・」

登志男君はそう思っていたに違いない。そして

「俺が降りる時に持って降りて、ゴミ箱に捨てよう」と決めていたのだ。


登志男君、かっこいい・・・・


でもなんか僕、”辱められた”みたいでちょっとビミョーなんですけど・・・


山手線の車内で、僕は「あれぞ男前!男はああでなくてはならん!」と力強く思った。

そして次の駅でUターンし、目的地の秋葉原で降りたのであった。