都営新宿線で通勤するようになって3週間が経った。
行きも帰りも圧迫地獄の中央線に比べれば、乗車率という点ではだいぶ楽になった。
とはいうものの、まだまだどの車両に乗ればより快適な通勤時間を過ごせるのかはつかめておらず、未だ試行錯誤中である。
よって、通勤時間帯にも関わらずスラックスにジャンパー、帽子に競艇新聞といったラフな格好をしているおっさんの座席の前に立っていればすぐに降りてくれ、その後は新宿までゆっくり座れることがわかった。
が、そうそううまくおっさんが見つかることはなく、乗り合わせた電車のシートが背広で埋め尽くされていると、結局最後まで立っていかなければならないことも多い。
そんなある朝
僕はこの日、6両目の真ん中あたりのドアから乗車し、できるだけ奥の通路へと入り込んでいった。
運良く座席前の吊革につかまることができた。
ここはドア付近の圧迫から影響を受けることが少ないので、なかなかいいポジションではある。
座っているのは居眠り背広サラリーマンなので、代われる可能性は低いが、仕方ない。
お勉強でもしながら時間をつぶそう。
そう思って僕は韓国語の単語帳を取り出し、吊革につかまりながら単語の暗記作業に取り組んでいた。
するとしばらくして、競艇場がある駅に着いた。
あわよくば誰か降りてくれないか、とも思ったのだが、座席のサラリーマンはぐっすりと眠りに墜ち、誰一人降りる気配を見せない。
まあ、仕方がない。
が、それにしても・・・・・この差はなんなのだろう?
座れずに立っている者は、朝の満員電車の苦しみを一身に受け、時にはうめき、時には眉をしかめながらみなこの苦しみが過ぎ去るのを待っている。
一方、座っている者は、1メートル先で繰り広げされるそんな修羅場などまるで関係がないとばかりに、静かな眠りに墜ちている。
あまりにも不公平だ。
寝ているおっさんらといったら・・・
それはもう、無防備な、それはもうだらしない寝姿
完全にスイッチをオフにしたような
全員、「灰になっちまった」ような、そんな力の抜け方なのである。

こいつら、本当に魂が抜けたんじゃないか?というような脱力
立っているほうが地獄なだけに、座っているやつらのぐっすりとした眠りが余計に腹立たしい。
揃いも揃ってでっぷりと太り
白髪交じり、脂混じり、テカテカ混じり、ハゲ混じりの
格好悪い頭をわざわざ晒しながら、このサラリーマンたちはスイッチをオフにしている。
立っている中にはまだあどけなさが残る少女やOLなどもいる。
か弱き女性たちを圧迫地獄に晒し、運動不足のメタボのおっさんが揃いも揃って惰眠をむさぼっている。
なんとも腹立たしい構図。
この中に、一人おばさんでも混じっていればそんなことは思わなかったのかもしれないが、座っているのが揃いも揃っておっさんなのである。
僕は「こいつら、このまま終点まで寝てたらいいのに・・・」と思いながら、視線をあげた。

と同時に、なんとなく違和感を覚えた。
なんだろう?と思いながら、もう一度サラリーマンたちを見ていると、答えはすぐにわかった。
7人掛けのいすに6人で座っているのである。
朝の通勤電車でそれはない。
あまりにひどすぎる。
ちゃんと詰めて、一人でも多くの人が座れるようにするべきだ。
が、不思議なことに、どこを見ても、隙間がないのである。
7人掛けのいすに、6人で座っていれば、いくつか人と人の間に隙間が見つかるはずである。
が、ここに座って寝ているやつらは、揃いも揃ってメタボなため、これ以上、誰一人として座る隙間を与えていないのである。
それはいかんわ・・・・。
それは有害だわ・・・・。
デブは人に迷惑をかける。
この目の前の6人は今すぐ立ち上がって7人に席をゆずるべきだわ・・・

そう思いながら、ハゲデブどもの登頂部の薄くなっている部分を睨みつけていると、女子高生二人組が乗り込んできて、僕の隣に立った。
僕は電車の中の女子高生も苦手である。
せっかく結婚したのに、痴漢冤罪なんかでつかまるなんてまっぴらなのである。
しかし満員電車の女子高生は結構無防備なのである。
携帯に夢中になって、結構、密着してくることもあるし、背広に顔を押しつけられたまま無言で耐える女子高生、なんてのも見たことがある。
だからなるべく近くに来てほしくないのである。
そんな僕の気持ちを知って知らずか、女子高生Aは僕にもたれながら、左手で携帯をいじり、友達Bに数学の先生の悪口などをのたまうのである。
彼女の足下にはスポーツバックが二つあって、Aはそれを足で挟んでいるので不安定なのである。
押されたら、そのまま抵抗せず、何事もなかったのように僕に寄りかかって終わりなのである。
が、Aは口癖のように「最近、疲れてるんだよね~」を繰り返し、しきりに「だれか降りないかな~」と友人Bに語りかけるのである。
そして座席に並んで座るメタボおやじを一瞥し、そして僕と同じように「あれ?この席、7人なのに6人しかいないじゃん」っと気づくのである。
するとAはこれみよがしにBに「この席って、7人用だよね~」と語りかける。
が、メタボ親父軍団はまったく耳に入らないかのように、ピクリとも動かない。
が、Aが軽い舌打ちをしたその瞬間、電車は九段下駅に着いた。
すると僕の目の前のおっさんに急にスイッチが入り、あっという間に電車から降りた。その数秒後、やや慌てながら一番左端のおっさんも始動。
状況が動いた。
席が二つ空いたのである。
僕の目の前には、女性1.5人分のスペースができた。
が、僕がこのスペースに座った瞬間、女子高生A/Bの蔑みの視線を浴びることは目に見えている。
僕も1.2人分くらいはあるのである。
僕がしばらく座るのをためらっていると、AはここぞとばかりにBに「ほら!空いた!座ろう!」と声をかけ、二人で座るにはやや狭いそのスペースに小さなお尻を二つ、ねじ込んだのである。
これで7人座ったことになり、人数的には正しくなった。
また、おっさん6人の並びに比べれば、女子高生が二人加わって少し華もできた。
が、席を取られた感のある僕はなんとなく腑に落ちない・・・・
特にA子は押されるがままにふんばりもせず僕にもたれかかっていたのだから、会釈の一つもあってもいいようなものなのに!
さらに一番左端の席には、ランドセルを背負った半ズボン制服の小学生が、ややゆったりと、かなりふてぶてしく座ったのだからさらに納得がいかない。
都営新宿線との戦いは、まだまだ始まったばかりなのである・・・・

*本文とは関係ありません