その親子を見るのは2回目だった。
朝8時20分の山手線内回り
僕がたまたま掴んだつり革の下に
その親子は座っていた。
はじめて見たとき、小学校低学年の息子は、”ドラえもんの漢字練習帳”を見ていた。
右側のページに、マンガでその漢字の成り立ちが
左側のページに、その漢字を使った熟語や、短文穴埋め問題などが書いてあった。
息子が熱心に右側のマンガを見ていると
隣りに座っていた母親が「ちゃんと漢字の熟語も覚えなさい」というふうに、左側のページを指差す。
息子は「わかってるよ!」といったふうに、ちょっと乱暴に母親の指を押しのけ、またマンガのページを見る。
それを見て、母親がまた「ちゃんと漢字の熟語も・・・」というふうに、左のページをなぞったりする
すると息子は「もう、うるさいな~」という風に本を左に大きく振って、母親の手を振りほどく
そんなことを繰り返していた。
よくよく観察していて気づいたのだが、どうやら母親は中国籍らしく、漢字の訓読みが苦手らしい。
だからこそ、息子に「漢字の読み方を勉強しなさい」と言っていたのだろう。
そして息子のほうは聾唖らしく、なにやら手話(指話?)で母親に訴えている。
母親は日本人と結婚し、日本に暮らすようになったが、今や息子のほうが日本語が上手な状態といったところか?
息子は聾学校に通うべく、母親に付き添われて学校へ向かっているのか。はたまた母親も勤めの途中まで息子と一緒になっているのか。
ともかく、僕はその親子が、なんとなく気になっていた。
そして今日、久しぶりにその親子の姿を見ることになった。
偶然にも、僕が掴んだつり革の
真下に再びその親子がいた。
息子は、漢字のプリントを広げていた。
母親はその隣りで手帳を見つつ、息子が勉強している様子を監視していた
すると息子は突然、母親の手帳を取り上げ、漢字のプリントにあてがう。
どうやら、漢字の右側に書いてある読み仮名を手帳で隠して、読みの練習をしようという魂胆だ。
母親は「やれやれ」という顔で、息子の様子を見ている。
母親がバッグの中からポケットティッシュを取り出し、息子に渡す。
息子は鼻をかみ、そしてそれを母親に渡す。
母親はそれをそっとバッグにしまい込む。
息子はおもむろに母親の手の平をノート代わりに、漢字を書く練習をはじめる。
母親は息子が手の平に書く字を、じっと見つめる・・・
おそらく、この親子にとって、通勤時間というのは大事なコミュニケーションの時間なのだろう
母親は「勉強しなさい」といいながら、息子に甘えるチャンスを与え
息子は「うるさいな」という態度を見せながら、母親にかまってもらえる喜びを満喫している
僕はこんな時、Mr.Childrenの「横断歩道を渡る人たち」という歌の一節を思い出す
~♪イライラした母親は物分りの悪い息子の手を引っ張って~
「もう何個も持っているでしょ」と、おもちゃの前で声を上げてる
「もう何個も持っているでしょ」と、おもちゃの前で声を上げてる
ほしがってるのは愛情で 拒んでるも我慢を教えるための愛情で
人目も気にせず泣いて怒って その親子は愛し合っているんだ
ああ、横断歩道を渡る人たち 僕はフロントガラス越しに見ている
昨日の僕が 明日の僕が 今、目の前を通り過ぎてゆく~♪
昨日の僕が 明日の僕が 今、目の前を通り過ぎてゆ~く♪
その親子は、愛し合っているんだ・・・