その日、僕はいつもより遅く電車に乗っていた。
いつもは7時台の中央線に乗って通勤しているので、
そりゃもう地獄である。
が、朝9時の中央線は実に穏やかだった。
「ガラガラ」というほどではないものの、隣りに立っている人と十分に距離を保てるぐらいは空いていた。
僕は車内の奥、連結部のドアに寄りかかりながら文庫本を広げた。
いや~、ゆったりしていい気分だ。
すると、次の駅で、それはそれは異様な騒音を撒き散らす男が乗り込んできた。
ヘッドフォンステレオの音漏れである。
本当にすごい音だった。
お前の耳はどうなってんだ!?というぐらい、ものすごい音量で音楽を聴いていた。
音漏れは、音量の問題であると同時に、音漏れしやすい音というものがあるらしい。
特に、高音は遠くまで届くため、音漏れしやすい。
具体的にはロックのギター音などは、かなり音漏れする。
しかもその高音は、通常、人を不快な気持ちにさせる音なのだ。
だから大抵、「うっせ~な」と思う音漏れは
ロックやパンクのシャカシャカ音であり、わけのわからない音楽を
わけのわからない男が聞いているケースがほとんどである。
今日の男、見た目は普通の若者だった。
どっかの大学生なんだろうけど・・・・・・・バカに違いない。
世間や社会の目に気づかない、バカ大学生だ。
僕は手に持っていた文庫本の文字がまったく頭に入らず、
かといって、そいつに注意したり、睨みを利かせたりする勇気もなく、
心の中で”藤井リナ”ばりに
「死んじゃえばいいのに・・・・」
「ヤクザに絡まれればいいのに・・・」
「心臓発作でも起こればいいのに・・・」
「こんなバカなら死んでも親は悲しまないだろうに・・・」
「さっさと死んだほうが市民のためになるのに・・・」
「いや、むしろ積極的に死ぬべきだ」
「率先して死ぬべきだ」
「それが社会のためだ」
「一分、一秒でも早くこの世からいなくなるべきだ!」
「ヤクザに絡まれればいいのに・・・」
「心臓発作でも起こればいいのに・・・」
「こんなバカなら死んでも親は悲しまないだろうに・・・」
「さっさと死んだほうが市民のためになるのに・・・」
「いや、むしろ積極的に死ぬべきだ」
「率先して死ぬべきだ」
「それが社会のためだ」
「一分、一秒でも早くこの世からいなくなるべきだ!」
そう悪態をつくしかない。
しかもこのバカが聞いている音楽が、平井賢なのである。
通常、ヘッドフォンステレオから漏れてくる音楽は、外国のロックかパンクが多く
もと歌がなにかもさっぱりわからない上、シャカシャカ音だけしか聞こえないことが多い。
しかし今日のバカは、きっぱりと平井賢なのである。
しかも「瞳を閉じて」なのである。
さすがにこれだけメジャーな曲だと、周りにいるだれもが
「あ、平井賢だ」と気づいてしまう。
しかも、歌詞がちゃんと聞こえるぐらいの大音量なのである。
一瞬、中央線で有線放送でも流してるのかな?と思うぐらいの音量なのである。
「ば~かば~か、ちんこうんこ!」と小学生のような悪態をつきつつ、
あ~、早く駅につかないかなと、祈るような思いで待っていると、やっと僕の目的地に着いた。
あ~、これでやっとあの不快感から開放されるわ。
電車を降り、気が楽になって、思わず出た鼻歌が
なんと平井賢の「瞳を閉じて」なのであった・・・・・
やっちまったな~!!!!