それは仕事帰りのこと
僕はいつものように中央線の下り電車に乗り、本を読むでもなく、音楽を聞くでもなくゲームをすることもなく、ひたすらぼんやりすることに時間を費やしていた。
この時間のこの電車はまず座れることはない。
新宿からの30分弱の時間を、何も考えず、時にうとうとしつつも周りの人に迷惑をかけずにやりすごす。
これがサラリーマンの一日の最後の仕事と思い、ひたすら心を無にすることに集中していたのだが、ある駅で何やらにぎやかな若者が乗り込んできて、僕の真後ろに立った。
どうやら大学生らしき3人組なのだが、なんともイタそうな3人組だった。
酒に酔って騒がしいわけではないし、場所をとって周りに迷惑をかけているわけではない。
なのだが、なんとなくこの三人組はちょっとイタかった。
A君はこのグループのリーダーで、ほかの二人に話をフり、それをまとめる役なのだが、どうも知ったかぶりが強く、また自分の非を認めたがらないタイプ。
ネットで得た情報を鵜呑みにして自慢げに披露するタイプだ。
B君は明らかに3人のマスコット的存在。
背が低くて舌足らず、何を発言してもすぐバカにされるタイプだ。
C君は背は高く、顔はおとなしめ。存在感なさめ。
A君とB君のやりとりにあいずちを打つのが仕事。
堅実なタイプなのかもしれない。
この3人が僕の後ろで映画談義に花を咲かせはじめた。
A「この前ね、『シュレック』見たんだよ」
B「ああ、4でしょ?おもしろかった?」
A「まあまあかな。まあ、ラストだからね」
B「3は観た?」
A「俺、言っとくけど、映画うるさいよ。結構観るよ。『パイレーツオブカリビアン』とか、『ロードオブリング』とか、結構チェックしてるよ」
本当に映画にうるさい奴は、そんなメジャーな映画の名前は出さないだろうに・・・
僕は「バカバカしい・・・」と思い、目をつぶってうたた寝に入ろうとしたのであるが、目をつぶると逆に3人の声が耳に入ってくるのである。
A「俺、映画って吹き替えで見るやつ信じられないんだよね」
B「え?俺いつも吹き替え」
A「だめだね。やっぱり俳優の声を聞かないと」
B「でも俺、英語わかんねーし」
A「だから字幕があるんじゃん」
B「でも字幕って、けっこうアバウトだよ」
A「なんで?」
B「なんか、戸田奈津子さんが言ってた」
A「だれそれ?」
B「翻訳の人」
A「・・・俺、俳優の台詞聞いてるしね」
B「英語わかるの?おまえ」
A「雰囲気でわかるよ」
B「じゃあ、細かいところわからないじゃん」
A「そういうところは字幕を見るんだよ」
B「それじゃあ遅くない?」
A「人間の視野って結構広いよ。画面見ていても字幕ぐらい目に入るよ」
B「でも早くて読めないじゃん」
A「読めるよ。俺、目ぇいいから」
B「はっきり言って吹き替えのが楽じゃね?」
A「ああ、最悪。おまえ最悪」
B「なんでだよ!」
A「吹き替えって、イメージ全然変わるよ」
確かにそこはA君の言うとおりかもしれない。
特に『シュレック』なんて浜ちゃんの声だから、元の声を知っていると、なんとも間抜けなのである。
B「っていうか、シュレックの声なんて、本人じゃないし」
(う~む、確かに。B君の言うこともまたもっともだ。
外国のアニメやCG作品なんてのは、アメリカの声優が声を入れているんだから、日本語に吹き替えてもどうってことないのかも・・・)
A「いや、でもあの声でヒットしたんだから、あの声で聞かないとヒットした魅力なんてわからないよ」
(う~む、それも一理ある。)
B「でも吹き替えで日本なりの魅力が出るかもしれないじゃん」
(あ~なるほどな。)
A「いや、日本の声優なんてだめだよ。わざとらしいじゃん」
C「そんなことないよ」
ここで珍しく自分の意見を述べるC君。
”日本の声優なんてだめだ”という台詞に反応するところがなんとも・・・・・
C「日本の俳優も今、世界的に評価されてるよ。今ね・・・」
A「声優の話じゃねーよ。字幕か吹き替えかって話だよ」
C「えっ・・・だから・・・」
A「やっぱ絶対オリジナルの声を聞かないとだめだよ」
B「え~~、字幕面倒だよ~」
またそこからか。
というか、どちらも一長一短なのだ。
やはり外国の俳優の声やイントネーションも演技の一つ、魅力の一つである。
外国語がわかるとか、字幕が早く読めるというなら字幕のほうを観た方がいいだろう。
が、字幕を追うのに時間がかかって画面が見られないというのなら、吹き替えの方がいい。
戸田奈津子さんが言っていたとおり、字幕は数秒の場面に合うような、かなり簡略な表現にしているので、字幕を100%信じるのも疑問だ。
また、オリジナルを知らなくても気にならないというのであれば吹き替えで全然構わない。
それぞれ言い分はあるだろうから、どちらのほうがいいというわけでは・・・
A「通はね、吹き替えなんて絶対観ないよ」
(そんなことはない!っつーか、おまえ通じゃねえし!)
B「俺、通じゃなくていいよ」
(開き直るな!ちゃんと吹き替えの良さを語れや!)
C「おれ、外国の映画あまり観ないし」
(そんな話は関係ない!おまえは口をはさむな!っつーか、こいつらなんで議論がこんなに下手なんだよ!俺がまとめてやろうか?)
目をつぶり、吊革につかまりながら聞き耳を立ててた僕は次第にイライラしはじめていた。
A「やっぱ映画は月に1度は観ないとだめだね」
(月1のどこが”通(つう)”やねん!)
B「え?俺、TSUTAYAで月に3本くらいは借りるよ」
(おまえの方がよっぽど通じゃねーか)
A「あ~、映画は映画館で観ないと・・・」
(だから通ぶるな!根拠がねーんだよお前は)
B「映画館って高くね?」
(お前みたいなのが映画館をつぶすんだよ!映画好きなら映画館へ行け!)
A「お前みたいなのが映画をだめにするんだよ」
(俺と同じこと言うな!)
B「うちでお菓子とジュース飲みながらダラダラ観た方が楽じゃね?」
(あっ、それは一理あるね)
C「DVDで字幕も吹き替えも選べるよ」
(その話はもういいんだよ!黙ってろ)
A「っていうか、今度映画観にいかね?」
(どんな流れだよ!Bはうちで観る方が楽だって言ってんだろ!)
B「何観る?」
(行くんかい!)
C「・・・ヤマ・・」
A「ヤマト以外で。あれ、最悪っぽいから。なんか、キムタクがキムタクのままだって」
(通ぶるならネットの評価に頼るな!ヤマトはな、ヤマトはな・・・)
B「『グリーンホーネット』は?」
(俺の話を聞け!っつーか、洋画を観に行ったらお前ら字幕か吹き替えかでモメるだろうが!)
A「やっと着いたよ。飯食う?」
B「牛丼食いたくね?」
A「いいねぇ?どこ行く?」
C「・・・よ、吉」
B「松屋にしようぜ」
A「俺、カルビ丼食いてーな」
C「・・・・・」
えもいわれぬ静寂を残し、三バカは電車を降りていった。
残された僕は、目を開け、彼らの後ろ姿を車内から眺めながら、心の中でこう叫んだ・・・