男は、全く通話をやめるそぶりもみせず、電車に乗り込んできた。
茶髪でニッカーボッカ、「肉体労働してます!」という感じのワイルドな男だ。
電車は結構揺れが激しく、音もガタガタと大きな音を立てている。
その男は電車の音で聞こえなくなったのか、かなり大きな声で話しはじめた。
周りの乗客はちらりとその男をみるものの、明らかに柄のよろしくないその風貌を確認すると、すぐに目をそらし、聞こえぬ振りをした。
しかし、その男の声は知らない振りをするにはあまりにも大きすぎた。
誰かが注意せねばならない。それが公共の平和と秩序を守るためだ。
そんな乗客全員の思いなど全く聞こえねえよといわんばかりに、男は「え、マジ?斎藤さん、彼女できたんすか?」「あの現場やばくないっすか?マジ、トラック突っ込みそうになりましたもん」などと抜かしている。電車は鉄橋にさしかかり、男の声はさらにヒートアップ。
斎藤さんの彼女のこともも十分気になるところだが、それよりも電車のマナーを守らんか!!電車の中では静かにしているのが大人のマナー!!!
そう心の中で叫んでいると電車は鉄橋を渡りきり、車内が急に静かになったと思ったら、代わりに聞こえてきたのは俺の隣に座っていた婆さんの鼻歌だった。
なんとこの婆さん、車内に響く様々な騒音を紛らわすためにずっと歌っていたのだ。
こるぁ、ババア、うるせーぞ!!電車で歌なんか歌ってんじゃねー!迷惑だろーが!!
今度はちゃんと注意できた僕でした。