それは昨年の10月のこと
普段あまり鳴らない僕の携帯電話が突然鳴った。
「千葉マリンマラソンに一緒に出ない?」
高校時代からの友人だった。
なんでも彼は、会社の同僚に誘われて、昨年も千葉マリンマラソンに参加。
たかだが5km走っただけでヘロヘロになり、泣きながらゴールをしたらしい。
その後、意を決してマラソンを習慣にしようと試みるも、2~3週間でリタイア。
今年も自分を奮い立たせるため、練習もしていないくせに申し込んでしまい、自分を追いつめようとしていた。
が、やはり自分一人では不安だったのだろう。
僕のところに誘いにきたのだ。
僕と親友は高校時代、軟式野球部の部員だった。
卒業して19年、当時内野手で、ほっそりとした長身だった彼の体は瞬く間に肥大化し、でかい茄子のような安産型の体型になっていた。
当時56kgだった彼の体に、いま女子校生一人分くらいの脂肪がついているそうな。
かくゆう僕も実は当時より10kg以上増量しており、最近は運動不足と不規則な食事でメタボ気味。
そこで自分を奮い立たせるため、彼の話に乗り、「千葉マリンマラソン成人男子10kmの部」にエントリーすることにした。

そして2ヶ月が過ぎ、年が明けた。
大会まであと3週間となったある日、なにげに「マラソン、練習してる?」と訪ねたところ、彼は
「え?何?おまえ、ちゃんと申し込んでたの?」という衝撃的な言葉を投げかけてきたのである。
実は彼自身、あれから全く運動をしておらず、相変わらず食後にハーゲンダッツのアイスクリームを2個ずつ食べる生活を続けていたのである。
で、「どうせあいつは申し込みをしていないだろうから、俺も走るのやめちゃえ」というつもりでいたらしい。
僕は彼に活を入れ、「今から練習しろ」と厳命した。
何しろ彼は昨年、本番前に一夜漬けで練習をして足を痛めた愚か者である。
とにかくあと3週間、ウォーキングでもいいので体を動かせと尻を叩いた。
ま、かくいう僕も、週に1回程度の運動しかしていないのだが。
そして2010年1月24日
運命の当日
わざわざ迎えに来てくれた彼の車に乗って、幕張へと向かったのである。
彼は6時半に迎えに来るといいつつ、実際は5時45分にはうちの近くのコンビニまで来ていて、僕を待っていた。
そして9時頃到着の予定で出発したのが、7時半過ぎには会場に到着してしまった。
彼は心配性で早め早めに動く男なのである。
それならなぜ練習も早め早めに取り組まないのだろう。
なぜ自分の体重をコントロールできないのであろう?
なぜ食後のデザートに食パンを一斤食ってしまうのだろう?
さまざまなことを考えながら、受付に向かった。
彼は野球の応援で来なれているという千葉マリンスタジアム
インドア派の僕は久しぶりに見るプロの野球場の大きさ、美しさに感動していた。
しかも本当に海のすぐ近くにあるのでびっくりした。
いや、千葉マリンスタジアム、すごいわ。
ちょっとドキドキしてきたな。

コースは千葉マリンスタジアム前をスタートし、右手に海を望みながら5キロ、そして折り返してスタジアムの中がゴール地点だ。
最後はグランドの中に入れるのか。ちょっと楽しみ。
しかし、今回参加している人たちは、年齢は様々だが皆、「○○大学陸上部」「○○高校陸上部」「マラソン同好会○○会」など、いかにも普段から走っているような人たちばかり。
格好も、帽子、サングラス、長袖のシャツとランニング、なんかバネが入ってそうなジョギング用の黒いタイツと短パン、ストップウォッチ機能付きの時計、そして新品で高そうなマラソンシューズと、実に決まっている。
もう「ランニングと短パン」で走っている人なんて数えるほどしかいない。
みんな「長袖、黒いスパッツ」ばかりなのだ。
で、揃いも揃ってみんな手足が細い!
典型的なランナーの体型なのだ。

僕は自分たちの体型を恥じた。
なんか、場違いな感じがした。
なんかおばちゃんとかが手をつないで走ってたり、仮装したバカが汗だくでカメラの前を通りすぎたり、農家の人が庭先に梅干しとかバナナとか置いてくれて、そこで一服しちゃったりするようなものをイメージしていたのだ。
なんか大学の陸上部のやつらなんて「箱根駅伝の予選会に向けて」みたいな気合いの入り方でハーフの部にエントリーしているし、隣の家族連れのお父さんも熱心にコースを復習してイメトレしてるし・・・。マラソン愛好会みたいなグループが和気相々と「今年はみんなで(10km)50分を切りたいね。」なんて話しているし。
なんか60歳以上の部、親子の部、ペアの部のほかに、「メタボの部」とかないのか?
まず雰囲気に飲まれているぞ・・・・。
そうこうしている間に、スタートに時刻は刻一刻と近づいてきた。
おそらく完走はできるはず。とにかく自分のペースで楽しんで走れれば・・・
そんなことを考えていると、森田健作(千葉県知事)がいきなりスタートのピストルを鳴らした。
皆、一斉にスタート・・・・といいたいところだが、千葉マリンマラソンの出場者は3万人。10kmの部も3000人ぐらいがエントリーしているので、スタートの合図がなってもいっこうに前に進まず、スタート地点までは1分くらいはたらたら歩いていく感じにある。
ようやく周りが走り始めたので、僕もちんたらと走り始める。
右手には相模湾が広がる。
今日は天気が良くてきれいだぞ。
そして海の向こうには富士山!おー、わんだほー!
日曜日の朝、天気も景色もいい、そしてちょっとしたレースの興奮を味わいつつ、みんなで走る。
なかなかいい気分だ。

沿道から「ガンバレー」という歓声が聞こえる。
千葉国際マラソンでもないのに、こうして応援してくれるのはありがたい。
お父さんの応援にきた小さい子が、精一杯の声で「がんばって~!」と叫ぶ
うれしい。
千葉県内の陸上部員で、ボランティアで借り出された女子高生、女子中学生がちょっと丁寧に「がんばってくださ~い」と声を出す。
結構うれしい。
女子中学生二人組が、ちょっと照れながら「私たちの笑顔をプレゼントしま~す!」とおちゃらける
いやマジうれすぃ~!
変なロッテファンのおばさんが傘の柄を降りながら「フレフレ!マリーンズ!」と我々を応援をする。
うっさいどっか行け!
最初は声援に一喜一憂しながら走り続ける。
そのうち、右手の視界から海が消え、単純な景色が続く。
前方遠くに目をやれば、どこまでも続くランナーの群れ
後方を振り返れば、まるでスターとなった僕を追いかけてくる熱狂的なファンのような、これまた終わりの見えない大群衆
交通規制がひかれた道路は、ランナーたちがアスファルトを叩くパタパタパタパタという音と、静かに乱れる息づかいが響きわたる。
なんか神秘的だ。

が、ゼッケン番号が若くて僕より前からスタートしたはずの友人の姿が見えない。
僕の予測ではそろそろ道ばたでへばって倒れていてもおかしくないはずなのに。
親友の、育ちすぎた茄子のような後ろ姿を探すも、なかなか見つからず。だんだん焦り出す。
「あれ?どこだ?もっと先か?そんなバカな?」
食後のデザートに食パン一斤食いなんていう、巨大ナマズのような食欲を持つあのメタボ男に僕は負けるのか?
それより、折り返しってまだか?
まだまだ余裕はあるものの、知らない道を進んでいくのは怖いものだ。だって、この後、折り返して同じ道を戻っていかなきゃならないのだから。
そうこうしているうちに、やっと折り返し。
この時点で時計は33分経過。
「お、もしかしたら1時間切れるかもしれない」
そう思った矢先、これから折り返しに向かうランナーの集団の中に、友人を発見。
なんといつの間にか僕は彼を追い抜いていたのだ。
とたんに気分が楽になる。
まだまだ余裕はあるし、ちょっくらペースアップしてみるか?
僕はペースをあげた。
すると面白いようにランナーを追い越すことができる。
みんな結構バテているらしい。
すいすいす~いと前を走るランナーの間をすり抜ける。
いい調子いい調子!
箱根駅伝で「驚異の20人抜き!」なんて言って喜んでるけど、こちとら100人ぐらい抜いてるぞ!
特に、黒いスパッツをはいた本格的な格好をした奴らを抜くと気持ちがいい。
まだまだ行ける。まだまだ走れる。
往路で応援してくれた女子中学生、女子高生らの声援がまた聞こえる。
小さな女の子は声援に飽きてしまったようでもういない。
僕より少し前を走っている80歳くらいのピンクの派手なシャツを着たじいさんに一際大きな声援が飛ぶ。
僕はそのすぐ後ろにつけ、小判鮫のように声援のおこぼれをもらう。
気持ちいい。
あと3km、あと2km、あと1km
そして千葉マリンスタジアムの敷地内に入る。
スタジアムの周りをぐるっと周り、一塁側からスタジアムに入って三塁側まで走り抜ける。
スタジアムに入るとそこはなんともきれいな人工芝で気持ちいい!!
結局、1時間1分でゴール。
目標の1時間は切れなかったが、思ったより走れる自分に感激。
最後まで走り抜き、復路はペースアップまではかり、しっかりした足取りでゴールできた。
やるじゃん、オレ!
順位は後日郵送されるそうだが、そんなもの問題じゃない!
僕らは10kmを走りきったのだ。
これで今年もなんとか走りきれる。
そんな気がした。

ま、この歳になると、二日後ぐらいに筋肉痛が来るんだろうけど・・・。