俺よ、男前たれ

おもしろきこともなき世をおもしろく

ナンシー関さん没後20年

AERA dot.というサイトで久しぶりに”ナンシー関”の名前を目にした。

39歳で逝ったコラムニスト・ナンシー関さん 文章はビートたけしのしゃべりが影響? (msn.com)

日本史上最高のテレビコラムニストであり、消しゴム版画家だったナンシーさん。僕は彼女に影響をされまくっていて、このブログの文章も見る人が見れば「ナンシー関のパクリ」とわかってしまうほど傾倒している。今も心の師と仰いでいるし、勝手に”ナンシー関の遺志を継ぐもの”を自称して駄文を綴っている。

ナンシー関のいた17年】見えるものしか見ない。しかし目を皿のようにして見る。そして見破る。天国で彼女は今の日本をどう見ているだろう。 |  演芸のまわり、うろちょろ。

僕がナンシーさんにハマったのは1990年代だったか。たしか漫画家で随筆家の東海林さだおさんのコラムと一緒に楽しみにしていたので『週刊文春』で知ったんだと思う。あの時のインパクトと言ったら!いやぁ~、とにかくすごかったな。

ナンシーさんは有名人を一人取り上げて版画とコラムで批評をするのだが、まず消しゴムに彫られた似顔絵の絶妙な”悪意”にシビれた。恐ろしいほどの観察眼からシンプルなラインで描かれたその似顔絵は、決して誇張しているわけではないのにその人の性格の悪さや天然さ、勘違いぶりや魅力を文字通り”浮き彫り”にしていた。そして似顔絵の横に彫られた一言は時に有吉弘行さんばりの悪意あるあだ名を、時にナンシーさんの心のツッコミを、時に描かれた人物のイメージさらに際立たせる”パンチライン”を表していた。もう消しゴム版画だけで十分金がとれる作品だった。

虹色 on Twitter: "ナンシー関さんの 「彫られた気になる人々BEST50」 の中に入ってますね😆  昔はこのお上品さが結構好きだったんですよね…。… "

 

加えてナンシーさんはコラムが滅法面白かった。ナンシーさんの文才に何度も嫉妬したな。「なんでそんな見方ができるの?なんでそんな切り口が見つかるんだ!?」と毎回驚かされた。そしてその芸能人評が悔しいくらい”しっくり”くるのだ。最近テレビでよく見るようになった有名人に対して抱く”違和感”やら”もやもや”を、ナンシーさんはちゃんと表現してくれるのだ。すごいな、僕もあんな文章書きたいなとずっと憧れてたな。

僕がブログというものに出会ったのは2006年くらいだったか。当時のブログは今のように収益を目的にお役立ち情報を書くようなものではなく、芸能人がファンに向け日々のことを徒然なく書いたり、一般の人が日記代わりに書くようなものだった。元々書き物が好きだった僕はブログこそ自分を表現できるものだ!と飛びついたのだが、まあ当時の文章もひどいもんだった。他に人がしていたようにM-1グランプリを見てお笑い批評を書いてみたり、K-1グランプリを見て観戦記を書いてみたりしたのだが、自己満足の塊で、およそ人様に読ませる文章ではなかった。芸能人のこともバッサバッサと切ってみたのだが、ただの上から目線の批判、悪口で、全くナンシー関さんのようなユーモアにはならなかった。ナンシーさんも嫌いな人に対しては容赦なく汚い形容をしていたし、時には揚げ足を取るような、あまりに主観的で勝手な妄想で対象をけなすこともあった。が、やはりその目の付け所、文章力、版画の技術とアイディアなどは圧倒的で、支持する人が多かったように思う。

টুইটারে Z旗新聞社: "ナンシー関が24年前に預言していた蓮舫の正体。「社会派バカ」と揶揄したナンシー関の彫ったコメントは、そのまま今の蓮舫にも当てはまる。社会派バカ…実にいいことばだ。  https://t.co/1jG1Zcukh5 https://t.co/PgQ5nP8FT7" / টুইটার

そして彼女の没後、多くの人が”ポスト・ナンシー関”を目指して文章を書いているのだが、やはり大先生には遠く及ばないし、おそらく今後もナンシー関さんを超える人は出て来ないのではないかと思う。

当時はSNSもなかったし、今ほど倫理的・道徳的な規制がなかった。だから好き勝手書けたのかもしれない。ナンシーさんはその容姿や作風から”マツコ・デラックス”さんと比べられることもあるが、ナンシーさん自身はテレビに出演して毒を吐くことには興味を示さなかったようだ。自分は演者ではなく、テレビを見て悪態をつく一般視聴者であり続けることが作品の質を維持すると考えていたのかもしれない。それが消しゴム版画家兼コラムニストとしての矜持だったのか、単に表舞台に出るのが嫌だったのかはわからない。でもあくまで一視聴者として対象と距離を取っていたからこそあの視点・あの感性が続いたのは間違いないだろう。

ナンシー関の凄さ | 怒り屋発進!GO!

もし今の時代にナンシーさんが生きていたら同じような作品を作り続けられただろうか。僕はそれは難しいかもしれないなと思っている。仮にある有名人をネタに作品を描いたらすぐに本人に情報が行って反論されたり、ファンが怒って炎上騒ぎになったり、人権団体やらBPOやらからクレームが来たり、ネットの住民がナンシーさんの容姿をバカにしたりして、創作のモチベーションがなくなってしまうかもしれない。

だから仮に僕が「なんで滝●カ〇ンってあんなにもてはやされてるんだろう?失礼で飯を食ってる女版ボビーオロゴンなのに」とか「渡辺〇美をブタ扱いできる日はもう来ないのか?本人は今もデブと滑稽で笑いを取りに来ているのになぜか人権枠」と思っても、もう自分で責任をもって書くしかないのだ。叩かれるの覚悟で。

でも50近くになって若い人を悪く言うのもねぇ・・・ナンシーさんも40代・50代になったら丸くなってたのかな?

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